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常任指揮
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神宮 章 Jingu Akira
国立音楽大学器楽科卒業。指揮法を桐山彰氏に師事。
1979年ラパス市立劇場管弦楽団を指揮しデビュー、ただちに同管弦楽団常任指揮者となる。続いてボリビア国立交響楽団常任指揮者に就任したが、その総ての公演は国立放送局の番組「El
Concierto de Akira Jingu」で放送された。1980年ラパス市名誉市民彰を贈られ帰国。
その後、カールマン作曲「マリッツァ伯爵夫人」の日本初演ほか、数多くのオペラ、管弦楽曲、合唱曲を指揮し、好評を博す。とくに古典派、ロマン派の曲目を得意とする。2002年には、ハンガリー国立歌劇場において、同管弦楽団を指揮し絶賛を博した。
日立フィルハーモニー管弦楽団では1995年の設立当初より指導にあたり、2006年2月まで日立フィルの音楽監督を務めた。
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客演指揮
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新田 ユリ Nitta Yuri
国立音楽大学卒業。桐朋学園大学ディプロマコース指揮科入学。指揮を尾高忠明、小澤征爾、秋山和慶、小松一彦各氏に、室内楽を三善晃氏に師事。
1990年第40回ブザンソン国際青年指揮者コンクールファイナリスト。1991年東京国際音楽コンクール指揮部門第2位。1991年に東京交響楽団を指揮してデビュー。その後も東京都交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、広島交響楽団、札幌交響楽団、京都市交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、大阪センチュリー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団などを指揮。また東京佼成ウィンドオーケストラ、大阪市音楽団、東京吹奏楽団などを指揮するなど吹奏楽での活動も行っており、キングレコードより東京佼成ウィンドオーケストラとのCDを6枚リリースしている。
オペラでは、横浜シティオペラ、大田区民オペラ協議会で「後宮からの逃走」「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」「魔笛」「夕鶴」を指揮。2000年秋より1年間文化庁芸術家在外研修員としてフィンランドに派遣され、音楽監督オスモ・ヴァンスカ氏のもとラハティ交響楽団で研修。同交響楽団での公演、リハーサルを指揮するほか、フィンランド国立歌劇場とサヴォンリンナ音楽祭においても、オスモ・ヴァンスカ氏のアシスタントを務める。またラハティ市コンセルヴァトワールの学生によるオーケストラ、吹奏楽公演を指揮する。2001年8月にラハティ交響楽団メンバーを中心に「アンサンブル・イリス」を結成し、フィンランドと日本の作品をレパートリーとする演奏活動を行った。室内楽ピアノ奏者としてもラハティ交響楽団メンバーらと活動を行っている。
2005年8月にはフィンランドのオウルンサロ音楽祭でラ・テンペスタを指揮し、その公演およびこれまでの活動に対し9月にフィンランド日本友好協会よりラムステッド基金奨学金を授与される。その後も11月にクリスチャンサン交響楽団(ノルウェー)、12月にクオピオ交響楽団(フィンランド)に客演。2006年もフィンランドでの活動が続き、4月にフィンランド海軍吹奏楽団、7月にリエクサ・ブラスウィークでミッケリ市管弦楽団、8月にオウルンサロ音楽祭でラ・テンペスタの指揮が予定されている。また2006年4月にはオクタヴィアレコードよりヨウコ・ハルヤンネ氏(フィンランド放送交響楽団首席ソロトランペット奏者)との共演CDがリリースされた。日本においてもフィンランドを始めとする北欧5カ国の作品の演奏に力を注ぎ、その叙情的な感性は高く評価されている。
「森と湖の詩サロンコンサート」主宰。日本シベリウス協会理事。国立音楽大学・相愛大学・愛知県立芸術大学非常勤講師。
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田部井 剛 Tabei Tsuyoshi
群馬県生まれ。早稲田大学商学部卒業、東京音楽大学指揮科研究生修了。東京芸術大学音楽学部指揮科卒業。
指揮法を遠藤雅古、佐藤功太郎、ジェームズ・ロックハート、広上淳一、三石精一の各氏に、ピアノを岩津章子、秦はるひの両氏に師事。
1997年、沖縄国際音楽祭出演。1999年5月、日本フィルハーモニー管弦楽団にてデラノワ作曲「5月の協奏曲」を巨匠ハイドシェック氏と協演・指揮し(日本初演)、氏より”ヤング・トスカニーニ”と賞賛される。
同9月、東京芸術大学芸術祭にてレハール作曲オペレッタ「メリーウィドウ」を指揮、2001年5月、群馬室内合奏団にてフォーレ作曲「レクイエム」を指揮、最近では同楽団にて川畠成道氏(ヴァイオリニストと共演。また、作曲家、松本日之春氏の個展において、平松英子や寺谷千枝子と共演するなど、ピアニストとしても活躍している。
当団とは結成直後からのお付き合いで、常任指揮者・音楽監督の神宮章氏とともに5年間トレーナーとして練習を見て頂いており、第12回の演奏会では、指揮者として初共演いただいた。団員一同将来の活躍を確信している。
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武藤 英明 Muto Hideaki
桐朋学園大学卒業。同学園で斉藤秀雄に指揮を学び、1976年、研究科修了後チェコのプラハへ渡り、ズデニェク・コシュラー(チェコ・フィル常任指揮者、プラハ国立歌劇場音楽監督)に師事する。1977年、国際バルトーク・セミナーに参加し、最優秀指揮者に輝く。以来、チェコ及びスロヴァキアを中心に活動を繰り広げ、プラハ交響楽団FOK、スロヴァキア・フィルハーモニー、プラハ放送交響楽団、ブラチスラヴァ放送交響楽団他、多数の定期公演や演奏旅行などで指揮をし、国際的な音楽祭にも参加している。
1986年プラハ放送交響楽団客演常任指揮者に就任、その年の秋、同交響楽団の日本公演を指揮し、サントリーホール・オープニングシリーズで鮮烈な日本デビューを飾った。更に、1992年、1994年とまた同オーケストラとの日本公演は成功を続ける。1987年、1999年とスロヴァキア・フィルハーモニーの日本公演を指揮、このオーケストラとも成功を収める。1990年春、スロヴァキア・フィルハーモニー定期公演の後、同フィルハーモニーとオーストリアへ演奏旅行、更にその年春、世界的音楽祭“プラハの春”への出演を果たし、その評価を確立した。日本国内でも日本フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団、広島交響楽団、九州交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団等々とも共演し好評を得ている。活動範囲も日本を始め、チェコやスロヴァキアだけではなく、ドイツ、イタリア、スイス、ベルギー、オーストリア、ギリシァ等にも及んでいる。1994年以後、チェコ交響楽団、ならびにプラハ合唱団とドイツ各都市を演奏旅行で回り、ベートーヴェン「第九」交響曲ならびにオルフ「カルミナ・ブラーナ」を指揮し、厳しいドイツの聴衆からも高い評価を受ける。1995年には更に、ドイツの名門、フランクフルト放送交響楽団を指揮し、ここでも大きな成功を収めた。1995年12月、ニューヨーク・カーネギーホール「第九」公演では、ニューヨークの市民に深い感銘を与えた。2004年、チェコ共和国EU加盟の記念の年、国際音楽祭"プラハの春"へ出演。
現在、名古屋フィルハーモニー交響楽団指揮者、チェコ・プラハ管弦楽団常任指揮者、プラハ混声合唱団指揮者、東京ハルモニア室内オーケストラ常任指揮者、等々を務める。
著書に『スメタナ弦楽四重奏団が語る クァルテットのすべて』(音楽之友社)がある。
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