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第3回定期演奏会
1997年7月26日(土) 杉並公会堂

指揮/神宮 章

ベートーベン
交響曲第8番 ヘ長調 作品93

バルトーク
管弦楽のための協奏曲 Sz.116

演奏会ちらし


ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93

「ベートーヴェンの交響曲で最も良いと思われるものを1つ選べ」と問われたら、貴方はどう答えますか?有名どころで第5番「運命」と第9番「合唱」、続いて第3番「英雄」に第6番「田園」。ワーグナーが「リズムの神化」と呼んだ第7番も捨て難い。こうしてみると「動的」と比喩される奇数番号の曲の印象が強く、逆に「静的」とされる偶数番号の曲は(6番を別格とすると)「よく知らない」というのが実状ではないでしょうか。
今回演奏する第8番も、そうした「冷遇」された曲の1つです。ヨーロッパがナポレオン侵攻に揺れる1812年、42歳のベートーヴェンが僅か1ヶ月で仕上げたこの曲を、団員の目を通して解説してみましょう。

第1楽章は、いきなり明るく快活な第1主題が提示され、巧みに展開していきます。「一回この主題で演奏会を幕開けしたかったんだ(コンサート・マスター)」「冗談じゃないわよ!内声部は殆ど16分音符を引き続けて腱鞘炎になりそうよ(2nd Vn)」

本来緩徐楽章となる第2楽章は、木管楽器とホルンの単純なリズムにのって、ユーモラスな旋律が奏でられます。「おどけた旋律がGoodですね(コン・マス)」「でも、小さな音で延々と続く16分音符を吹くのは苦痛です(ホルン&オーボエ)」

第3楽章は「ベートーヴェンの交響曲では珍しい『メヌエット』。中間部でホルンが奏でるウィーン風のメロディーもお楽しみください(コン・マス)」「優雅な白鳥も水中では足をばたつかせている事をお見逃しなく(チェロ)」

終楽章は、この曲全体を支配する「躍動感」の集大成で、音楽的に完璧なまでに構築された楽想が一気に演奏されます。「これを全速力で弾き切るスリルが堪りません(コン・マス)」「(団員一同)」

全体には簡素ですが、極めて精緻な構成の第8番は、偉大な先輩、ハイドンやモーツァルトが築いた交響曲の形式を完成に導いた記念碑的作品で、ベートーヴェン自身もこの曲に大変満足しており、(「第9」をも上回る)「最高傑作」と思っていたようです。ベートーヴェンは、この後、シューベルトやブラームスが発展させるロマン派の音楽をも超越し、バルトーク達20世紀の音楽家が目指した「純粋な音だけの世界」へと進んでいきます。交響曲第8番は、聴力を失っていくベートーヴェンが自分の理想とする音楽世界と、先人から受け継いだ音楽遺産を結び付けた一瞬に生まれた輝きと言えるでしょう。

(Vc 中村晋吾)

 

バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116

「管弦楽のための協奏曲」。このタイトルを聞くたび、不思議な感慨・感傷が沸き起こってくる。
 高校時代、ブラバンに明け暮れていたころ、ヤマハ仙台店の楽譜売場に並ぶ数少ない輸入スコアの棚の中に、この曲のスコアを見つけた。ストラヴィンスキーの「春の祭典」やリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」などとともに、いつかはこんな曲をやってみたいなァ、と思いながら、BOOSEY&HAWKESの茶色のスコアの表紙をめくっては、変拍子の連続と、複雑な音符が織りなす模様にしばし見入ったものだ。

タイトルに、協奏曲につきもののソロ楽器の名前が入っていない、というのも、この曲が強い印象を残す要因のひとつだ。本日のステージには派手な衣装のソリストは出てこない。石*電気CD館、WA*E、H*Vなど、どこのCDショップに行っても(店員がきちんと整理していれば)協奏曲コーナーではなく管弦楽曲コーナーにこの曲のCDは置いてある。この風変わりなタイトルについて、バルトーク自身はこう語っている。「この交響曲風の管弦楽曲の標題は、オーケストラの個々の楽器あるいは楽器群を、協奏的または独創的な手法によって扱うあり方の中に明らかにされている。」

この曲でソロにあたるものは、オーケストラの中の各楽器や、各パートの合奏体である。それは、第1楽章の印象的な金管群のカノンや、第2楽章におけるユーモラスな二重奏に、顕著に現れている。こうした、合奏体をソロとみなす作風は、遠くバロックの時代のコンチェルトグロッソにその原型を見いだすことができる。バルトークは1940年にも「弦楽のためのディヴェルティメント」をコンチェルトグロッソの様式で作曲している。この「管弦楽のための協奏曲」は、今世紀の最も偉大な作品ではあるが、その様式・表現は古典的なものである。

各楽章には、次のタイトルがつけられている。第1楽章「序章」、第2楽章「対の遊び」、第3楽章「悲歌」、第4楽章「中断された間奏曲」、第5楽章「終曲」。バルトークは曲全体について「この曲の全体的な気分は、おどけた第二楽章を除いて、第1楽章の厳めしさと第3楽章の悲痛な死の歌から、終楽章の生の肯定へと移行する」と書いている。随所にバルトークの故郷ハンガリーの民謡のメロディーが聞こえ、随想風に自由に作曲の筆を進めたようにも感じられる。特に、第4楽章「中断された間奏曲」では、「ちちんぷいぷい」で有名になったショスタコービッチの交響曲第7番のパロディーが出てくる。ここでは、ショスタコービッチの成功を快く思わなかったバルトークの、音による復讐を聴くことができる。ちちんぷいぷいのメロディーはトロンボーンのグリッサンドで馬鹿にされ、オーケストラの和音とタムタムの一撃で大笑いされることとなる。

私たちアマチュアオーケストラのプレーヤーは、この曲を、憧れと畏れとを込めて「オケコン」と呼ぶ。この曲をアマオケが演奏会で取り上げるには、多くの条件が満たされなければならない。優れた指導者、各パートむらなく揃ったプレイヤー、健全な財政と、勢いのある選曲委員会、この曲を取り上げようという積極果敢な運営、などなど。アマオケの運営法を説いたある本は、この曲を「君子危うきに近寄らず」と紹介している。しかし、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とも言うし、私はこちらの言葉のほうが好きだ。

(Fl 庄子聡)


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