演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

8回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

1999年12月26日(日) すみだトリフォニーホール 指揮/新田 ユリ

モーツァルト歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492

「フィガロの結婚」(1786年初演)は「ドン・ジョバンニ」(1787年)、「魔笛」(1791年)と共にモーツァルトの3大オペラと呼ばれています。初演当時も大変人気を博したようですが、「良俗に反する」という理由で演劇版に禁止令が出ていたために、台本作家が皇帝を説得してようやく上演までこぎつけたというような苦労もあったようです。お話は喜劇仕立てで、フィガロとスザンナのカップルを中心とした3組の男女が様々な誤解や策略に翻弄されながらも最後には無事もとのさやに収まるというもの。序曲のほうもその内容を予感させる作りで、冒頭のおどけたフレーズ(皆さん恐らく、どこかで一度ならず聴いたことがおありでしょう?)など、いかにも「陰で何か企んでいる」という感じがしませんか?(ファゴットが一番いい感じを出していると思うのは私だけ?)さて、日立フィルがモーツァルトを取り上げるのはこれで4回目となります。今回は新田ユリさんとの初コンビ。どんな楽しい「音の企み」をお届けできることになりますか。
いよいよ開幕です。

(Va.佐田 知子)

ドビュッシー「海」(3つの交響的素描)

「海」(3つの交響的素描)は、1)海の夜明けから正午まで 2)波とのたわむれ 3)風と海の対話 の3つの楽章からなる。作曲家ドビュッシーは「本当は船乗りになりたかった」と手紙で告白しているほど海が好きだった。死の前にも「海だけが自分の病気を治せるだろう、ラ・メール われわれ全てにとっての母」とも行っている。しかし、この作品が書かれたのは、海から遠く離れたパリの南方のビシャンにおいてであった。このことは、イメージを昇華させた後に手が自然に曲を創っていくという、彼の作曲過程を象徴している。
彼はこう言っている。「海のざわめき、天と地をわける曲線、草叢を行く風、鳥の鳴き声が私の内にさまざまな印象をしずみこませます。そして突然こちらの意向とは関わりなしに私の外へ広がって<音楽言語>で自分を表現するのです」創っていく歩みのさなかでしか自分の作品を掴み取らない。この峻烈な芸術への姿勢が、ワーグナーからの決別を果たし近代音楽の扉を開いた。
マラメルを始めとする多くの詩人や画家、哲学者などとの交流で奥深い精神世界をもつこの天才が、43歳という円熟期に創った代表作を「心」で味わってみたい。

(Vc.岡野 寛)

シベリウス交響曲第5番 変ホ長調 作品82

1915年、フィンランドではシベリウス生誕50年の国家的な記念行事が計画され、そのメインコンサートで発表するべく交響曲第5番が作曲された。当時フィンランド独立の気運の高まる中、シベリウスは代表的な民族主義作曲家としてのきたいを一身に受けてきたのである。しかし、すでに彼はそのような民族意識を超越した、内的世界を見据えた独自の宇宙を築きつつあった。
同年4月のある朝、彼は散歩の最中「16羽の白鳥が頭上を旋回しながら朝霧の中を消えていった」という「忘れ得ぬ体験」をしたとして、とある私信に記している。後日、この体験が終楽章にあらわれる感動的な賛歌として昇華する。この交響曲の牧歌的な曲想は、長い冬を経てようやく訪れた春への喜びをイメージさせるが、時折見せる夢幻的表情は聴く者を異界へと誘う。終楽章では、淀みなく流れるパッセージが続く中、突如前述「白鳥の賛歌」が出現し、コーダに至ってあたかも宇宙に光が満ち充ちていくかのような至福の境地にまで達する。
この交響曲の初演は圧倒的大好評におわったが、シベリウス自身は作品に不満を感じ、即座に改訂作業にとりかかる。ようやく現在聴かれる形に完成したのは、フィンランドが完全独立国となった年でもある1919年であった。

(Perc. 桑原 崇)

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