演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

17回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2004年7月11日(日) すみだトリフォニーホール 指揮/新田 ユリ 独奏/ヨウコ・ハルヤンネ(トランペット)

ヒンデミット交響曲「画家マチス」

パウル・ヒンデミットはドイツの作曲家で優れたヴィオラ奏者。初期は過剰なロマンティシズムを排除し即物的かつ急進的な作風で、無伴奏ヴィオラ・ソナタに「慌しく野性的に、音の美しさははどうでもよい」という指示すらある。一方でパロディ的音楽も残していて、晩年のある曲では、クラリネットが曲の進行に無関係に延々とメンデルスゾーンの結婚行進曲を吹き続ける。初演の日が妻の誕生日だったのだ!
交響曲「画家マチス」は、同名の歌劇の主要部分をもとに作曲された。歌劇では、ドイツ・ルネサンス期の画家マティアス・グリューネヴァルトを題材とし、宗教画家としてカトリック教会から禄を食む立場でありながら宗教改革派に加担し、死を前にして自らの芸術は誰のものかと悩む芸術家の姿が描かれる。作品は、各楽器群が複雑に絡みつつもそれぞれに光彩を放ち、錦絵を見るかのごとき印象である。
1934年4月の初演後、ヒンデミットを「退廃音楽」とみていたナチス政府が御用新聞を使って激しく非難。それに対し真っ向から新聞投稿で反論したのが、初演を指揮したフルトヴェングラーだった。ヒンデミットは当時、「画家マチス」の主人公に自らの立場を重ね合わせ、自問自答したかもしれない。この事件がもとで、彼はベルリンの音楽院教授の職を辞し亡命する。作風を新古典主義へと移行させ、伝統的なドイツ音楽を継承した作曲家が祖国を追われたのは、皮肉というほかない。
各楽章には、アルザス地方にあるグリューネヴァルトの祭壇画に拠る表題が付いている。
第1楽章「天使の合奏」:歌劇では序曲。祭壇画にはキリスト降誕の場面で弦楽器を奏でる天使が描かれている。
第2楽章「埋葬」:祭壇画には磔刑に処せられたキリストの姿。歌劇では終幕に当たる。
第3楽章「聖アントニウスの誘惑」:主な素材は第6幕で、夢の中で画家が修道院の守護聖人になり代わり、祭壇画同様妖怪魔女に囲まれる。楽譜には救いを求めるラテン語が書かれ、試練の後に「アレルヤ」のコラールで全曲を締め括る。

(Vc.中村晋吾)

フンメルトランペット協奏曲 ホ長調

フンメルは、スロヴァキア生まれの作曲家でピアニスト。モーツァルト、サリエリ、ハイドンに教えを受け、1804年から11年の間、ハイドンの後任としてエステルハージ侯の楽長を務めた。
バロック時代のトランペットは、唇と呼吸によってしか音程を調節することができない不完全な楽器であり、旋律を演奏するにはクラリーノ奏法と呼ばれる高音域での超絶技巧的なテクニックが必要であった。この奏法の存在が、バロック時代のトランペット協奏曲の数々を産み出したのであるが、その衰退とともに、この分野の作品の創作も衰えていった。
そんな中で18世紀後半に誕生したキー・トランペット(楽器の本体に木管楽器のようなキーを取り付けたもの)を改良し、バロック時代には実現しなかった半音階の演奏をも可能にしたのがウィーンの宮廷トランペット奏者アントン・ヴァイディンガーであった。彼はフンメルやハイドンという当時のウィーンの大作曲家に協奏曲の作曲を依頼し、この新型トランペットの普及に努めた。
このキー・トランペットは19世紀初頭のヴァルブ・システムの発明により廃れていったが、フンメルとヴァイディンガーという二つの才能を邂逅させ、この名曲が誕生する原動力になったという意味で、後世の我々に残した影響は決して小さくないといえよう。

(Tp.影武者)

ブラームス交響曲第3番 へ長調 作品90

1883年、50歳の時の作品。
1877年に交響曲第2番の初演を終え、作曲家としての成功を収めていたブラームスは、その後ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲第2番などを発表し、作曲家として円熟の境地に達していた。ただ、社会的な成功とは裏腹に、内面的に満足していたかというと、必ずしもそうではなかったようだ。クララ・シューマンへの親愛の情はあるものの、それ以外には目立った女性との交際はほとんどなかった。1882年に26歳のアルト歌手、ヘルミーネ・シュピース(1857-93)と出会い、状況が変わる。ブラームスは、1883年に彼女の家のあるヴィースバーデンで一夏を過ごす。交響曲第3番はこの時に作曲された。美しい声を持ち、しかも愉快で愛想のよいシュピースにブラームスはすっかり魅惑されてしまい、その交際は恋愛感情に満ちていた。しかし、24歳年下の娘に対して素直に愛を打ち明けられるほどの若さはない。束の間の楽しい時と、自分をかえりみた時の悲哀、本気になりたいがそれを許さない理性との葛藤、そういった感情の中でこの作品は生まれた。
初演当初、この交響曲はベートーヴェンの第3交響曲になぞらえてブラームスの「英雄」と呼ばれたこともある。確かに、この曲のモチーフとなっている冒頭のF-A♭-FをFrei Aber Froh(自由に、しかも喜ばしく)という言葉の頭文字と結びつけ、雄大かつ重厚な曲想と解釈する向きもある。だが、そうは言ってもどの楽章も力強く終わるのではなく、淋しく静かに終わる。「自由で喜ばしい」長調への憧れと、そうなりきれない短調の危ういバランス。他の交響曲と比べ、「内面的」「感情的」とも評されるが、そのバランスこそがこの交響曲の最大の特徴となっている。
第1楽章:F-A♭-Fのモチーフが管楽器によって奏され、続いてヴァイオリンが激しく情熱的な第1主題を奏でる。第2主題はクラリネットによるワルツ風の音楽。その後長調と短調との間を揺れ動き、最後はモチーフの余韻の中、第1主題を響かせながら穏やかに終わる。
第2楽章:クラリネットによるのどかな歌により第1主題が始まる。第2主題は一転して崇高な雰囲気。やがて第1主題が変奏の形で現れ、徐々に穏やかになって、静かに終わる。
第3楽章:映画音楽にも取り上げられた、哀愁に満ちた旋律。チェロ→ヴァイオリン→弦→木管と旋律が引き継がれ、経過句を挟んで再度同じ旋律がホルン→オーボエ→木管→弦の順に現れ、嘆きのような強奏の後、静かに幕を引く。
第4楽章:へ短調のささやくような第1主題の後、第2楽章の第2主題を偲ばせる不気味な楽想が現れる。運命と闘うような全強奏の後、ヘ長調の第2主題がチェロとホルンで奏される。その後展開部・再現部を経て、最後は第1楽章第1主題が現れ、静かに消えていって曲が終わる。

(Ob.中原克明)

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