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−創立10周年記念演奏会−
第20回定期演奏会
2006年2月5日(日) サントリーホール 大ホール

指揮/神宮章
ピアノ/近藤嘉宏

ラヴェル
左手のためのピアノ協奏曲

ラヴェル
「ダフニスとクロエ」第2組曲

シューベルト
交響曲第8番ハ長調D.944「グレイト」

演奏会ちらし


ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲

 オーストリアのピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインは、第一次世界大戦で右腕を失った後、左手だけで演奏活動を継続することを決意し、ラヴェルをはじめヒンデミット、リヒャルト・シュトラウス、プロコフィエフ、ブリテンなど当時諸国で活躍していた作曲家たちに依頼して左手のためのレパートリー拡大に努めた。
作曲の依頼を受けたラヴェルは、「ピアノ協奏曲を左手だけで弾く」という制約にむしろ創作意欲を大いにかき立てられ、情熱を込めてこの曲を書いた。完成は1931年、ラヴェルの作品としては最後の頃のものである。
完成当初、ヴィトゲンシュタインは技巧が駆使されたこの曲を弾きこなすことができず、勝手に改作を試みようとしてラヴェルと悶着になったが、後に曲の真価を理解するに至った。この曲はジャズの要素を取り入れた軽妙さに、美しさ、壮麗さとが絶妙に均衡の取れた傑作であり、近代のピアノ協奏曲の中でも最も重要なもののひとつである。
  曲は単一の楽章で、緩・急・緩の3つの部分が続けて演奏される。
コントラバスが静かに分散和音を奏でる。二つの大戦に挟まれた時代の世相を表すような、不吉で不安な夜の海の雰囲気である。コントラファゴットが低音域で不気味にメロディを奏で始め、バスクラリネット、コールアングレと、低音楽器で受け継がれて徐々に明瞭さを増していく。オーケストラの全奏となった後、ピアノのソロが力強く登場し、幻想曲風に展開する。オーケストラ全奏が冒頭の主題を華麗に奏した後、ピアノが繊細でメランコリックなメロディを弾く。この部分の美しさは特に印象的である。徐々にテンポを上げ、トランペットが鋭く下降音階を奏するのを合図に、軍靴の響きのような、行進曲風な部分となる。ピアノは低音域で歯切れ良く躍動し、管楽器が断片的な合いの手を加える。フルート族とハープが軽快なテーマを奏した後、ジャズ風のシンコペーションを多用したメロディを、ファゴットが、次いでトロンボーンが哀愁を込めて吹く。ピアノは素早いアルペジオを添える。徐々に興奮が高まって全オーケストラでの強奏となった後、再びクラリネット群が軽快なテーマを奏する。テンポが更に上がり一瞬の休止の後、ピアノのグリッサンドに導かれて冒頭の主題が高らかな全奏となって再現される。長いソロピアノが各主題を懐かしく想い出すように奏でる。オーケストラが低音楽器か徐々に加わり盛り上がるが、突然、軍靴の響きのような行進曲が戻り、曲を閉じる。

 

ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲

 20世紀初頭、パリで活動していたロシアバレエ団の主宰ディアギレフは、ラヴェルをはじめストラヴィンスキー、ドビュッシー、ファリャなどの若い才能溢れる作曲家に次々と作曲を依頼し、数多くの斬新で意欲的なバレエ音楽が生まれた。1912年に初演された「ダフニスとクロエ」もその一つである。「オーケストラの魔術師」と呼ばれるラヴェルの色彩豊かな管弦楽法が最大限に活かされ、大きなキャンバスに緻密に描き込まれたフレスコ画のような作品となっている。ストラヴィンスキーはこの曲を「フランス音楽で最もすてきな作品のひとつ」と評した。ラヴェルはこのバレエの全編に亘って歌詞のない合唱を用いているが、演奏会ではしばしば省略される。
  バレエは2〜3世紀ギリシャの作家ロンゴスの小説に基づく。舞台は古代のレスボス島。羊飼の少年ダフニスは少女クロエを巡ってドルコンと踊りを競う。ダフニスが勝利しクロエの接吻を受ける。その後クロエは海賊にさらわれるが、ダフニスのパン神への祈りが聞き届けられ救われる。ここから最後までの部分が第二組曲で、3つの場面が続けて演奏される。
《夜明け》
  木管楽器の細かい動きとハープが川のせせらぎを表し、弦楽器のかすかな響きが森の静けさを表している。ヴァイオリン、フルートによる鳥の鳴き声が聞こえてくる。羊飼いたちがダフニスを探しに来る。ピッコロが、次いで小クラリネットが、羊飼いの笛を奏する。ダフニスは目覚め、クロエを見つけ、抱き合う。深い森や湖を見渡す山々が徐々に朝の陽に染まって行き、やがてまばゆい太陽が昇り圧倒的な光が燦燦と降り注ぐ。音楽はしだいに静まり、オーボエとクラリネットが呼び交わす。老いた羊飼いラモンが「パン神がクロエを助けたのは、かつて恋したニンフのシリンクスの想い出のためだ」と告げる。ダフニスとクロエは、神への感謝を込め、それぞれパン神とシリンクスに扮し、二人を讃えるパントマイム(無言劇)を踊る。
《パントマイム》
  弦楽器の柔らかなピッツィカートとハープの優しい響きに乗せて、独奏フルートが長大でメランコリックな旋律を奏でる。やがて2人の踊りは激しくなる。フルートとピッコロが素早い動きを表した後、アルトフルートが静かに独奏し、ヴァイオリンのソロに導かれてオーケストラの敬虔な全奏となる。ダフニスとクロエは祭壇の前で信仰を誓う。
《全員の踊り》
  突然、木管楽器の3連符と半音階による素早いパッセージが始まり、若者たちが入場してくる。一旦静まり、ダフニスとクロエは抱き合う。しかしすぐにまた木管楽器と打楽器による5拍子の激しい踊りの音楽となる。ダフニスとクロエの幸福を讃え全員が踊る場面である。
  小クラリネットが素早いソロを鮮やかに奏する。4度音程の下降跳躍と半音階の上昇が印象的である。各管楽器がそれに続く。やがて高まり、これまで現れた各主題が短く奏され、全オーケストラの強奏によるクライマックスとなる。小太鼓が再び5拍子を刻みはじめ、次第に楽器の数を増やして盛り上がり、興奮のうちに曲を閉じる。

(Fl. 庄子 聡)

シューベルト:交響曲第8番ハ長調D.944「グレイト」

 

多くの人にとって、初めてシューベルトの名をはっきりと認識したのは、小学校の音楽の時間で歌曲「魔王」を聴かされたときかもしれない。ひとり三役のドラマティックな歌唱もさることながら、激しい打鍵で煽るようなピアノ伴奏は子供心に強烈な印象を残したのではあるまいか。しかしながら伴奏の果てしなく続く右手の連打は、ピアニストに対し多大なる手首の耐久力を要求するため、作曲当時から伴奏者たちに非常に不評であったという。「魔王」は、シューベルトの18歳のときの作品だが、彼はその後もこのように演奏者に耐久力を要求する作品をいくつも産み出すことになる。演奏時間に50分ちかく要するピアノソナタや室内楽も数々あるが、この「グレイト」の名で親しまれるハ長調交響曲はその際たるものであろう。
  20数年前のことだが、とある学生オーケストラがこの作品が取り上げたとき、演奏会のパンフレットにファーストヴァイオリンのパート譜のある1ページが掲載されていたのを見て苦笑した。いかに彼らが難行苦行の練習を経て本番に臨んでいるか、百万言弄するより、壁紙模様のごとく同じ音形の音符が敷詰められている一葉の譜面が雄弁に物語っていた。ことほど左様に、繰り返しパターンの多いのがシューベルトの特徴でもあるが、神業のごとき和声法のテクニックが聴く者を決して飽きさせない。ちょっとした内声の操作をきっかけに瞬く間に魔術のごとき鮮やかな転調をとげる。プレイヤーの労苦とは裏腹に、聴衆は繰り返されるフレーズに身をゆだねるうちに夢幻の転調世界に誘われることになる。叙情的にして独創的な旋律美とともに、和声とリズムの織り成す妙がシューベルトの音楽の最大の魅力なのである。
  1828年シューベルトは31歳というあまりに短すぎる生涯を閉じるが、その死後、遺族である兄のフェルディナンドは山と積まれた遺稿の束を前に途方にくれた。だが、その価値を認める音楽家たちの努力によって、膨大な作品群は少しづつ陽の目を見るようになる。「グレイト」交響曲もそういった作品の一つであり、シューマンによって見出された後、作曲者の死後11年たってようやくメンデルスゾーンの指揮によって初演された。但し、当時のオーケストラにとって、この長大な作品は、いささか手に余るものであったようで、かなりカットされた状態で演奏されたという。ところで、この交響曲の自筆譜には1828年というシューベルトの死の年が記載されていたため、ごく最近まで遺作の一つであると信じられていたが、日付の筆跡等の解析により、もともと1825と書かれていたものが、シューベルトの悪筆ゆえ後世の誰かが5を8と見間違え上書きしてしまっていたことが判明した。作曲年を1825年としてみると、書簡等の記録により、そのころに明らかに大規模な交響曲が作曲され完成をみたという状況証拠が残されており、現在では1825年作曲説がまず間違いのないこととして定着している。

(Perc. 桑原 崇)


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