演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

23回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2007年7月21日(土) ミューザ川崎シンフォニーホール 指揮/新田 ユリ

シベリウス序曲「カレリア」 作品10

シューベルト交響曲第7番 ロ短調 D.759「未完成」

1823年、グラーツの音楽協会は、20代半ばの才能あふれる若き音楽家シューベルトを名誉会員として迎えることに決めた。同協会に現存する丁寧なシューベルトの礼状によれば、推挙された返礼として新作交響曲を送る旨記載されている。文面からはどの作品なのか特定はできないが、年代から考えて該当するのは、現在「未完成」の名で親しまれているロ短調交響曲しか考えられない。当時、協会の役員でウィーンではシューベルトと親交篤かったA.ヒュッテンブレナー氏に総譜が託された。しかしながら、ご存知の通り、それは第2楽章までしか書かれていない未完の作品なのである。さてその後の経緯となると、結局作品を受け取っていない協会、未完成の譜面を預かったままのヒュッテンブレナー氏、そして約束を果たせないままの当のシューベルトは、その後いったいどう対処したのか、それに関わる記録は一切残っていない。あたかも、譜面がヒュッテンブレナー氏に手渡された瞬間に、関係者の脳内からこの交響曲に関連する記憶が消去されたかのようである。そして再び作品が日の目を見て永遠の生命を獲得するまで、実に40年の歳月が流れてしまう。
この交響曲では、次々と旋律を歌い継ぐうち、巧みな転調により色合い豊かに音楽を性格づけていく手法にあふれており、加えてこれまでにない劇的な表現とそれに対比する静謐な音楽の交錯がかぎりない緊張感を産み出している。シューベルトは、交響曲の作曲に当たっては、常々同時代の交響曲の大家ベートーヴェンを強く意識したが、一方その作曲手法がシューベルトの資質と相容れないことが彼の葛藤となっていった。この「未完成」交響曲は、その越えがたき壁をついに彼が乗り越えた証であり、それに比べれば、彼が何楽章まで作曲し終えたかなどということは、ほとんど問題とはならないであろう。
1827年、臨終の床についたベートーヴェンをシューベルトは見舞いに行く。意外にも、二人がはじめて面会したのはこのときだったようだ。そしてその時点でシューベルトに残されていた寿命はわずか1年半であった。シューベルトの遺体は、彼自身の遺言によりウィーンのヴェーリング墓地のベートーヴェンが眠るすぐ横に埋葬されている。

(Perc. 桑原 崇)

シベリウス交響曲第2番 ニ長調 作品43

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