演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

26回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2009年2月8日(日) すみだトリフォニーホール 指揮/武藤 英明 クラリネット/佐川 聖二

ロッシーニ歌劇「セビリアの理髪師」序曲

「セヴィリアの理髪師」序曲が、世界中のオーケストラで演奏される名曲中の名曲であることは、まずは異論のないところであろう。ところで、歌劇公演に接した人は、この序曲の中で登場する数々の軽快な旋律がひとつも歌劇本体の中で使われていないことに気づいたかもしれない。それもそのはず、この序曲は、ロッシーニが歌劇「パウミーラのアウレリアーノ」のために3年前に作曲したものなのである。しかも、その2年後の歌劇「イギリス女王エリザベッタ」でも同じ序曲が使われ、「セビリアの理髪師」では3度目の再々利用ということになる。この愛すべき序曲が使いまわしであったとは、ちょっとがっかりかもしれないが、音楽の出来があまりによかったので、ロッシーニ自身も、一回で使い切るには惜しいと思ったということにしておこう。
歌劇「セビリアの理髪師」は、ボーマルシェの戯曲に基づき1816年に作曲された。もともとこの戯曲は3部作の1作目であり、続編となる2作目はかのモーツァルトが作曲した「フィガロの結婚」になる。ローマのアルジェンティーナ劇場からの依頼であったが、依頼内容が二転三転したため、速筆で知られたロッシーニの中でも最短記録の2週間というスピードで作曲された。同劇場での初日の公演は、ひどい野次と怒号による大騒動となったという。この騒ぎ、誰が扇動したのか諸説あって確かなことは不明だが、若干24才にして数々の歌劇を成功させ、飛ぶ鳥落とす勢いのロッシーニに対し、一部ローマ市民から反感はもたれていたようだ。初演を大失敗した「セビリアの理髪師」だが、もちろんいまではロッシーニの最高傑作として、世界中のオペラハウスで上演され続けている。

モーツァルトクラリネット協奏曲 イ長調 K.622

18世紀後半、まだクラリネットは管楽器としては新参者であったが、モーツァルトはいち早くこの楽器の魅力に気づいていた。1777年、マンハイム旅行の際、当地の宮廷管弦楽団が常設のクラリネット奏者を抱えていることに感激したと父にあてた手紙で伝えている。その後、フリーメイソンに加入したモーツァルトは、クラリネットの名手アントン・シュタードラーに出会うと、クラリネットを採用したすぐれた作品が、俄然増えることになる。クラリネットとは「小さなトランペット」という意味を持ち、本来高音域の華麗なパッセージが得意とされていたが、シュタードラーの場合は、低音域による深い表現に長けており、それがモーツァルトに対し大いに創作意欲をもたらしたと思われる。
1791年、モーツァルトは旺盛な創作力をとりもどし、いくつもの大きな作曲の仕事を引き受けていた。9月には、「魔笛」と「皇帝ティートの慈悲」という、形式も性格も言語も異なる二つのオペラをほぼ同時進行でこなし、さらに「レクイエム」の作曲依頼も引き受けた。こうした多忙を極めた創作活動のさなかにクラリネット協奏曲が書かれたのである。速筆で知られたモーツァルトのことだから極めて短期間で作曲されたであろうことは、想像に難くないが、実は、第一楽章に関しては数年前に作曲され中断された断片をほぼそのままの形で流用している。残念ながら、この作品に関しては、作曲の契機も初演の記録も残っていないが、当然親しい友人でありクラリネットの名手であるシュタードラーのために書かれたことは間違いないとされている。シュタードラーは、演奏家であると同時に楽器発明者でもあり、通常のクラリネットに対し、低音域をさらに拡張した特別製の楽器を持っていた。実は、このクラリネット協奏曲もこの「シュタードラーの楽器」を想定して書かれたとする説が有力である。自筆譜すら失われているため何ともいえないが、確かに、現在流布されている譜面は、音域を普通のクラリネットに合わせるべく一部の音形が書き直されたと思わせるふしがある。
この作品の完成後、モーツァルトは2ヵ月足らずでヴィーンで息を引き取ったため、彼の最晩年の作品ということになるのだが、音楽はあくまでも明るく素朴さに満ち、どこまでも澄み切った美しさを湛えている。

(Perc 桑原 崇)

マーラー交響曲第1番 ニ長調「巨人」

日立フィルハーモニー管弦楽団にとって、マーラーの交響曲は、前回の定期演奏会(2008年7月13日 みなとみらいホール 交響曲第6番)に引き続いての演奏である。前回、演奏後に何人かのお客様から「打楽器の女性がときおり舞台裏に出て行ったのは具合でも悪かったのでしょうか?」と質問をいただいた。奏者の体調にまでご心配をお掛けしたことに、この場をお借りしてお詫び申し上げたい。実は、打楽器嬢は体調が悪かったのではなく、舞台裏で鳴らすよう指定されたカウベル(家畜の首に吊るす鈴)を演奏しに行っていたのである。
このような「舞台裏のカウベル」をはじめとし、ハンマー、むち、鈴などおよそ古典的な交響曲では使われない様々な楽器や仕掛けを、マーラーはしばしば交響曲に用いている。そうしたことよりも音楽そのものが大事であることはもちろんであるが、様々な仕掛けを楽しめるのも、やはりまたマーラーの音楽の魅力の一つであろう。
マーラーの最初の交響曲にして既に完成度も高く人気も高い交響曲第一番は、「巨人」の名称で親しまれている。この名称は、マーラーが愛読したドイツのロマン派の作家、ジャン・パウルの小説の題名を、一時マーラーが標題に用いたことによる。この曲は当初2部構成・5楽章からなる交響詩として、1889年マーラー28歳の時に作曲されブダペストで初演された。その後改訂され1893年ハンブルクで演奏された際に「巨人」の標題が付与され、各楽章にも標題が与えられた。しかし翌年のワイマールでの演奏限りで標題は削除され、後の改訂ではアンダンテ楽章(花の章)も丸ごと削除されるなど、たびたびの改訂を経て、現在のような4楽章の交響曲の形になった。
従って、現在の交響曲第一番を「巨人」の標題で呼ぶことは作曲者の意図に沿うものではないが、この曲を「巨人」のイメージに重ね、英雄的な人物の苦悩と希望、格闘と勝利を表現した音楽とする聞き方が、これまで定着してきている。この曲は、同時期に作曲された「さすらう若人の歌」と深い関係にあり、転用も見られる。いずれもマーラーの失恋の体験に基づく作品と言われている。

交響曲第一番は、初期の交響曲だけにハンマーやカウベルこそ登場しないものの、マーラーらしい仕掛けや試みがいたるところに散りばめられている。その例を以下にいくつか挙げてみよう。なお、以下の記述は、今回の演奏で使用するマーラー協会・新全集版(1992年、ユニバーサル)による。

◇第一楽章冒頭、ここでは弦楽器のハーモニクス(倍音奏法)により6オクターブにわたって重ねられたA(ラ)の響きで開始される。初版では普通の奏法であったが、生々しく感じたためにハーモニクスに変更したとマーラーは語っている。その結果得られる霞が漂うような響きは新境地であり、チューニングの余韻から一気にマーラーの世界に引き込まれる。

◇第三楽章冒頭、ティンパニの伴奏に乗ってコントラバスがソロを弾く箇所はこの交響曲の見せ場の一つ。この楽器の組み合わせは大変にユニークである。新全集版では「コントラバスは一人でなくグループで」との注釈が加えられ、論議を呼んでいるが、今回は従来通り一人で演奏する。

◇三楽章には軍楽隊を模して大太鼓にシンバルをくくりつけて演奏する指示があり、隠れた見どころの一つである。

◇マーラーの演奏においてステージ上でひときわ目を引くのは、木管楽器やホルンが楽器を高らかに持ち上げて吹く「ベルアップ」の奏法である。これは全曲を通じて随所に指定されており、後の交響曲にも多用される。

◇しかし、第4楽章末尾のクライマックスでは、マーラーはベルアップでも飽き足らず、ホルンに「全員一斉に立って」吹くことを要求している。意図したほどの効果が出なかったのか、奏者から不評だったのか、おそらくその両方の理由により、その後の交響曲には立って吹く指示は登場しない。この箇所でマーラーはできるだけ多くのホルンでの演奏を望んでおり、必要に応じてトランペットやトロンボーンをも加えて補強するようにとの指示もあるが、本日はホルンのみで演奏する。ぜひホルンにご注目いただきたい。

マーラーの書いたスコアには、指揮者への細かい注意が書き込まれているのが特徴であり、テンポや強弱や表現に止まらず、上記のような奏法に関する指示も様々な表現でスコアに書かれている。例えば、三楽章、弦楽器にコルレーニョつまり弓の木の部分で弾くよう指示された箇所がある。初版では「ヒキガエルの鳴き声のように」と書かれていた。新全集版では、コルレーニョと具体的な奏法の指示の上でさらにこう書かれている。「間違いではない!木の部分で弾くこと。」時に首を傾げたくなるような、細かい多数の指示。マーラーが創り出した音楽はこの上なく素晴らしい。しかし、もし彼が会社員だったら、決して上司にいて欲しくないタイプである。

第一楽章 弦楽器の霞のようなハーモニクスの響きの中、木管がA-Eの4度で下降する音形を提示する。この音形は曲全体に繰り返し登場する。クラリネットが遠くの狩のホルンを模し、舞台裏のトランペットのファンファーレやホルンの牧歌が聞こえ、クラリネットがカッコウを奏でる。深い森の中を思わせる序奏から、やがてチェロが第一主題を奏で、森が朝を迎えたように、音楽が軽快に流れ出す。これは「さすらう若人の歌」第二曲「朝の野辺を歩けば」からの転用。朝の自然の美しさに照らし自らの将来の不安を交錯させた歌である。ハープの響きをきっかけに、再び森に入り鳥が呼び交わすと、ホルンが希望に満ちて歩み始めるように、牧歌的な主題を奏でる。やがて全オーケストラによる強奏となり、ティンパニのD-Aの連打とオーケストラの素早い音形で曲を終える。

第二楽章 低弦が躍動感あふれるリズムを刻む序奏に始まり、やがて活発な主題へと進んで行く。木管楽器が歯切れ良く舞曲を奏する。木管楽器やホルンのベルアップの見せどころ。ホルンのゲシュトップフトの鋭い響きも効果的である。ホルンのソロに導かれて、弦がレントラー風の主題を奏する優美な中間部となる。躍動感あふれるスケルツォが再現され、勢いよくこの楽章をしめくくる。

第三楽章 動物たちが森で狩人の死体を踊りながら運ぶ絵に着想を得たといわれる葬送行進曲。ティンパニの伴奏に乗せて、コントラバスが悲しげに独奏する。輪唱で有名な童謡「フレール・ジャック」を短調にしたメロディである。各楽器により代わる代わる引き継がれ、やがてオーボエのおどけた旋律が加わり、ボヘミアの軍楽隊の響きも加わる。中間部では、ハープに乗せて弦楽器が夢見るように奏で木管楽器が優しくそれを引き継ぐ。この箇所は、さすらう若人の歌の第4曲「二つの青き瞳が」、失恋の苦悩と慰めを歌う曲からの転用である。冒頭のメロディが戻り、再び軍楽隊の響きが聞こえ、やがて静まり、ティンパニの刻みが続く。銅鑼、大太鼓が暗く静かに響き、休みなく四楽章に続く。

第四楽章 シンバルの強打で音楽が一転、激しい曲想となる。地獄における戦いを思わせる主題が管楽器を中心に勇ましく奏され、弦楽器は困難に立ち向かうかのような、激しく上下する音型でこれに対抗する。一段落すると、弦楽器が希望を思わせる平安で美しい息の長い旋律を奏でる。再び金管が勇ましい主題を奏で、激しい曲想となる。目の醒めるような転調に続き、ティンパニが連打、金管楽器が高らかに勝ちどきを上げる。やがて、第1楽章冒頭の深い森のような序奏が戻り、これまでの各楽章の断片が回想される。それらが再現して徐々に盛り上がり、トランペットを中心に勝利を凱旋するような音楽となる。ホルンが一斉に立奏し、オーケストラの最強奏による興奮の中、曲を終える。

(Fl 庄子 聡)

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