演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

36回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2014年1月19日(日) すみだトリフォニーホール 指揮/田部井 剛

ベートーヴェン交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」

 ジャジャジャジャーン である。
 いえ、メンデルスゾーンの結婚行進曲も、マーラーの交響曲第5番の冒頭トランペットソロも「ジャジャジャジャーン」と聴こえるし、第1楽章冒頭は音の前に八分休符があるので「”ん” ジャジャジャジャーン」と書く方が正しいのだが、ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調作品67「運命」といえば、日本ではこのオノマトペであり、「ジャジャジャジャーン」というと音楽室にあったイカメシイ顔つきの、もじゃもじゃ頭のおじさんの絵を思い出し、ハクション大魔王でもパロディ化された「大きな衝撃」をイメージするのである。
 そもそも「運命」という名前は、「ジャジャジャジャーン」の部分に関して作曲者が弟子のシントラーに「運命はこう扉を叩く」と語ったというエピソードによるものなのだが、どうやら日本以外ではあまり知られていない。したがって「運命」という副題で有名なのは日本と、その日本の曲目解説の翻訳が広まったアジア圏だけのようだ。(台湾のCDの帯には「貝多芬作曲命運交響曲」とある。)しかし、ファリャの「三角帽子」やリヒャルト・シュトラウスの「薔薇の騎士」には、扉を叩く場面でこのメロディーが使われているので、まったくのデマではないらしい。
 1808年の12月22日夜、極寒のウィーンでベートーヴェンの自主演奏会が自身のピアノと指揮により行われた。これが、途方もなく長い演奏会なのである。
第1部:1.交響曲第5番「田舎の生活の思い出」ヘ長調/2.アリア/3.合唱と独唱によるラテン語の賛歌/4.ピアノ協奏曲(当人独奏。後の第4番作品58)
第2部:1.大交響曲第6番ハ短調/2.合唱と独唱によるラテン語の聖歌/3.ピアノのための幻想曲(ベートーヴェンによる即興演奏)/4.管弦楽と、終曲には合唱を伴う、ピアノのための幻想曲(合唱幻想曲作品80)
耳の状態は悪化していたが、だからと言って時間の概念が吹っ飛んでいたわけではない。相当に気合が入っていたのだろう。最後の曲が演奏会直前にできあがって準備不足だったこともあり、歴史的演奏会は散々の出来だったと伝えられている。なんと一夜にしてピアノ協奏曲第4番、後の「第九」の原型といわれる合唱幻想曲、それに2つの交響曲の初演を行ったのだ。当日の演奏の混乱と観客の不満を差し引いてもすごい演奏会である。なお、この時点では「ハ短調交響曲」は「田園交響曲」の次の番号だったが、翌年の出版の際に順序が入れ替わった。
 さて「運命」である。作曲者が「大交響曲」と呼んだこの作品は、いろいろな点で意欲作である。まず、「ジャジャジャジャーン」という、当時の概念ではおよそ旋律とは思えない第1主題で、曲がモザイクのように構成されている。インターネットで検索したら真面目に数えた方がいらして、第1楽章だけで334回出てくるそうな。(ついでに言うと第2楽章が45回、第3楽章が80回、第4楽章が274回の合計733回ですって。)モザイクなので、誰かが出遅れると大惨事となる、演奏者にとってはスリリングな曲であり、練習では誰かが指揮者や周囲の演奏者に白い目で睨まれつつ、稀に曲の初めからやり直しの連続となることもある。
 第2楽章は一転ロマンティックな変奏曲なのだが、実は5回の変奏を繰り返しているものの形式的には主題から第2変奏までが提示部、中低音弦楽器にとって試練の場となる(実際プロオケの入団試験で弾かされるらしい)第3変奏と第4変奏が展開部、ヴァイオリンがフォルテシモで高らかに歌う第5変奏からが再現部、というソナタ形式になっている。
 第3楽章はスケルツォ。低弦から始まる神秘的な第1主題に続いて、ホルンが第1楽章のリズムを堂々と演奏する第2主題が印象的。トリオはこれまた低弦から始まる嵐のような旋律。そしてまたスケルツォに戻るのだが、ここで弦楽器は一部装飾のある音を除いてずっとピツィカートでテーマを再現する。「英雄」交響曲の第4楽章でも主題をピツィカートで演奏するが、ここではそれよりも長くずっと弱音で弦を弾き続けるのである。それにより、第3楽章と第4楽章を続けて演奏する(これも交響曲史上初)際に、弱音から強音へ、短調から長調へという切り替えが効果的に聴こえるのである。(曲が短調から長調へ変わるのは「第九」でもブラームスの第1番でも行われるので有名。作曲された時点ではハイドンが「告別」交響曲などで実施済だが、この曲の場合は特に効果絶大である。)
 終楽章ではそれまで交響曲ではほとんど使われる事のなかったトロンボーン3本とピッコロ、コントラファゴットが加入。サロン音楽から一転、歌劇場のスケールに広がることになり、勝利のハ長調のメロディーが「ドーミーソー」と大音量で雄渾に響く。途中第3楽章の主題が帰ってくるという、これまたそれまでにない手法を使いつつ猛烈な勢いでコーダに向かい、最後は29小節もハ長調の「ドミソ」の和音を「これでもか」というほど鳴らし続けて幕が下りる。
 聴く者の魂を揺さぶるベートーヴェンの音楽の中でも一際異彩を放ち、その後の(クラシック以外も含む)音楽家たちに影響を与え、200年以上聴衆を魅了し続ける作品、そして「ジャジャジャジャーン」と言えば誰もが思い浮かぶ曲、それが「交響曲第5番」である。
(チェロ 中村 晋吾)

ストラヴィンスキー「春の祭典」

 本日の演奏会の前半は、ベートーヴェンの運命交響曲の、これでもかという執拗な"ド"の音の反復で終わります。後半「春の祭典」も同じ"ド"の音から始まりますが、こちらはファゴットの非常に高い音域で奏される全く異質な響きの"ド"です。「春の祭典」は「運命」からほぼ100年後に作曲されました。19世紀の100年間にヨーロッパの社会や芸術は大きな変化を遂げましたが、音楽においても伝統的な和声やリズムとは異なる表現の様々な模索が試みられ、才能溢れる作曲家ストラヴィンスキーによって1913年に作曲された「春の祭典」は、20世紀音楽を代表する傑作となりました。
「春の祭典」は、コンサート会場で生の演奏を聴くことの醍醐味を存分に味わえる作品です。ステージ狭しと並んだ大編成のオーケストラを隅々まで眺めながらお楽しみ下さい。
「運命」に代表される古典的なオーケストラは通常は2管編成、つまり木管楽器2本ずつを基本とした編成ですが、時代を経るにつれてその規模は拡大して3管編成、4管編成の作品が現れ、この曲では実に5管編成です。用いられる楽器の種類も多く、通常は1本の特殊楽器が2本ずつ用いられており(ピッコロ、イングリッシュホルン、バスクラリネット、コントラファゴット、テューバ)、また珍しい楽器としてはアルトフルート、ワグナーテューバ、ピッコロトランペット、バストランペット、アンティークシンバル、ギロなど、様々な楽器の姿と音色を楽しむことができます。さらに、フラッター奏法、ハーモニクス奏法をはじめ、打楽器の特殊な奏法など、新しい響きを生み出すアイデアに満ちています。さらに和声の面では、半音違いの2つの和音を同時に鳴らすなど、それまでの古典的音楽の禁忌を敢えて多用した書法が多様されています。この和声感が、異郷の土俗的で厳かな祭りを想起させる神秘的な響きを醸し出します。そして、この曲の最大の特徴はリズムです。変拍子が多用され、特に第二部では小節ごとに拍子が目まぐるしく変わります。2、3、5、7、11と素数を基本とした拍子が不規則に用いられ、単純な反復を拒む割り切れないリズム感は、演奏を大変に困難にする一方で、音楽に意外な緊張を与える効果を生んでいます。
 この曲には熱狂的なファンが多い一方で、「何が面白いのかサッパリ判らない」という人も少なくありません。それだけ際立った特徴とインパクトを持った作品であることの証と言えると思います。100年前の初演の際のエピソードもそのことを示しています。
 20世紀初頭のパリでは、天才興行師ディアギレフが主宰するロシアバレエ団が、優れたバレエ作品を次々に世に送り出し人気を博していました。「春の祭典」は、「ペトルーシュカ」や「火の鳥」と同様、このロシアバレエ団のために書かれた作品で、パリのシャンゼリゼ劇場のこけら落としの目玉の演目でもありました。上流階級の人々が集う社交場で華やかに上演されるにふさわしい作品が似合うであろう舞台に向けて、ストラヴィンスキーは敢えて、この斬新で不気味な音楽を作曲したのです。
 初演の劇場は、バレエ上演開始直後から賛否を巡る喧騒につつまれ、やがて警官まで出動する乱闘騒ぎになったと伝えられています。しかし、そこまで極端な反応は、音楽に対するものではなく異様な振り付けと舞台演出に対するものだったようです。
 この曲は「古代ロシアの異教徒たちが行う原始的で荘厳な儀式で、車座になった長老の前で太陽の神の生贄(いけにえ)として選ばれた乙女が狂ったように踊りながら死んで行く」という作曲家自身の幻想に基づいて作曲されました。本日初めてこの曲をお聞きになる方もいらっしゃると思いますが、題名の“春””祭”という言葉が持つ、きらびやかで賑やかなイメージで曲に接すると、おそらくギャップに戸惑われることと思います。春=大地から万物が生まれる季節に執り行われる、厳かで残酷な儀式を描いた、土俗的で不気味な雰囲気が全体を支配するこの曲に与えられるべき題名は、むしろ、「春の儀式」とでもいうべきでしょうか。
 曲は、昼の「大地の礼賛」と、夜の「生贄」の二つの部分からなります。
第1部「大地の礼賛」/昼。古代の広場での長老を中心とする儀式の様子。
序奏/ファゴットの高い音域のソロ。独特な音色が古代の異境の雰囲気を表す。やがて各楽器が複雑に絡み合い、ピッコロトランペットの雄叫びが鳴り響く。
春のきざしと乙女たちの踊り/弦楽器群が一斉に下げ弓で激しくリズムを刻み、アクセントが不規則に現れる。管楽器がユーモラスに絡み、お囃子のようなピッコロや、アンティークシンバルの金属音が鳴り響く。
誘拐の戯れ/打楽器の強烈な打音に続き、素早いオーケストラの強奏。人々が慌ただしく入り乱れる様子を表す。
春のロンド/フルートの静かなトリルの中、バスクラリネットと小クラリネットが民謡調のメロディを奏でる。低音楽器群から重苦しいメロディが沸き起こり、やがて突然、強烈な打楽器を伴う強奏となり、金管楽器が咆哮する。ピッコロの一閃から騒がしい音楽となった後、再び民謡調のメロディが現れる。
敵対する部族の戯れ/低音金管群とティンパニの強烈なリズムに導かれ、管楽器と弦のピチカートによる忙しい音楽となる。敵の部族が乱入して来る様子を表す。
長老の行進/テューバとワグナーテューバが憑かれたように執拗にメロディーを奏でる。複数のリズムが入り混じる中、ギロの異郷の響きが印象的に4連音を刻む。
大地への口づけ/突然音楽が休止した後、神秘的な和音が静かに響き、2本のコントラファゴットと高音域のティンパニが長老の儀式を表す。
大地の踊り/大太鼓の激しい連打に導かれ、弦楽器、トランペット、ホルンの素早い動きが心を沸き立たせ、狂騒が最高潮に達する。
第2部 「生贄の儀式」/夜。同じ広場で繰り広げられる土俗的で残酷な儀式。
序奏/神秘的な音色と和声が、春の夜の大地の香にむせるような夜の雰囲気を表す。
乙女たちの神秘的な踊り/生贄となる乙女が選ばれる場面。ビオラ群が神秘的なメロディを奏で、アルトフルートが不気味さを際立たせる。徐々に激しくなり、金管楽器に導かれ11拍子の全強奏となる。タムタム(どら)の表面をトライアングルのバチで擦る奏法が効果的に用いられている。
選ばれた乙女への讃美/複雑な変拍子で書かれ、耳をつんざくピッコロと全オーケストラによる激しいリズムの応酬。
祖先の呼び出し/土俗的な合唱を思わせる音楽。祖先を呼び出す場面。
祖先の儀式/タンバリンの響きに乗ってイングリッシュホルンとアルトフルートが歌い交わす。
生贄の踊り(選ばれた乙女)/複雑な拍子による打楽器の強打と金管楽器の咆哮、全楽器による激しいリズムが続く。生贄の乙女は踊り疲れて息絶え、長老たちが生贄を太陽にかかげる衝撃的なラスト。フルートの上昇音形に導かれて激しい和音で曲を閉じる。

 初演100周年となる昨年来、いくつものアマチュアオーケストラがこの曲に取り組んでいます。このことは今日、アマチュアの音楽活動が盛んであることの証です。なぜならば、この曲の編成が特殊で巨大でとかくお金がかかり、何よりも演奏至難であるため、これまで、おいそれと手が出せる曲ではなかったからです。演奏レベル・財政基盤・運営・人脈・・・全ての面においてオーケストラの実力が問われる試金石のような作品で、諸条件が整って初めて演奏が可能となることから、アマチュアオーケストラにとっては、この曲を演奏することが一つの目標にすらなり得る曲なのです。
私は学生の頃にこの曲に出会い、何度も繰返しレコードを聴くたびに、この不思議な響きはどうやって出しているんだろう? と興味津々でした。ブージー・アンド・ホークスの大版のスコア(総譜)をようやく入手すると、そこは驚きと興奮の音符で埋め尽くされていました。スコアはまるでそれ自体がアート作品のようです。古典の作品では見たことがないような複雑な音符群を、いったいどうやったら演奏できるのだろう? そもそも演奏可能なのだろうか? いつか自分の手で演奏できる日を夢見ながら、うっとりと眺め続けたものです。
以来、演奏の機会に備えてアルトフルートも購入し、憧れ続けること30数年、ついに今日、演奏の機会が訪れました。本日、同じような想いでステージに立つ奏者も多いようです。この20世紀を代表する作品の、大編成の管弦楽による生演奏の醍醐味を、どうぞお楽しみ下さい。
(フルート 庄子 聡)

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