演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

第38回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2015年3月1日(日) 東京芸術劇場コンサートホール 指揮/武藤 英明

ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」序曲

 歌劇「さまよえるオランダ人」は、ワーグナーが、ドイツの詩人ハインリッヒ・ハイネの詩に着想を得て、また自らのロンドンへの航海で嵐に遭遇した体験に基づいて書いた作品です。長大なものが多いワ−グナーの歌劇の中で最も短い作品ですが、それでも上演には2時間半を要します。この作品では、ワーグナーの作品にしばしば登場する「女性の愛による救済」、つまり女性の自己犠牲的な純愛によって苦悩や宿命から救済される、というテーマが明示されています。この歌劇のあらすじは以下の通りです。
 ―オランダ人の幽霊船が呪いによって永遠に嵐の海をさまよい続けている。7年に一度、港への投錨を許され、その地で彼に永遠の愛を誓う女性を得られれば神の呪いから逃れられるという。この幽霊船に遭遇したノルウェーの船長は、オランダ人の財宝に目がくらみ、娘ゼンタをオランダ人船長に嫁がせることを承諾してしまう。ゼンタはオランダ人船長に心惹かれ愛を誓う。しかしゼンタを愛する漁師エリックの存在を知ったオランダ人船長は、絶望して幽霊船を出航させる。ゼンタはオランダ人船長への愛を誓いながら海に身を投げる。ゼンタの死によって呪いは解け、二人は天に召されていく―
 ワーグナーのダイナミックな管弦楽法と和声法が冴え渡る作品で、荒れ狂う海や登場人物の心情を活き活きと表現し歌劇の舞台を華やかに彩ります。この序曲においても、曲全体を通じて、弦楽器セクションは半音階やトレモロを多用して大風と波のうねりをドラマチックに表現し絶大な効果を生んでいます。オーケストラによる大風と荒波の表現の例は他の作曲家にもありますが、その中でも最も劇的なものかも知れません。一方で、それらの箇所は演奏至難なことでも有名です。
 因みに、ワーグナーと同じドイツの作曲家であるパウル・ヒンデミットは、1925年に、「午前7時に村の井戸端で素人楽団が初見で演奏する『さまよえるオランダ人』序曲」という奇妙な題名の弦楽四重奏曲を書いています。ヒンデミットは、ワーグナーのこの難しい曲が、練習を重ねるまでは単なる音のカオスになってしまうさまを、パロディ作品として描いたのです。こうした作品すらも生まれるほどに難しいパッセージを弾き続ける弦楽器セクションに注目しつつ、それらが生み出すダイナミックな音響の世界をお楽しみ下さい。
 冒頭のホルンの咆哮と不気味な響きは「オランダ人の動機」です。荒れ狂う嵐の海の情景が見事に描写されています。続いてイングリッシュホルンに始まる穏やかで美しい祈りの音楽は「救済の動機」、これら二つの動機がこの作品全体の核となっています。中間部のリズミカルで力強い音形は、ノルウェーの水夫たちの賑やかな宴の場面です。曲尾では、ハープの優しい音色に乗せて木管が「救済の動機」を懐かしく奏でたのち、全奏で曲を終えます。
(Flute 庄子 聡)

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92

 筆者が中学1年生の終業式の朝、担任の国語の先生は、やがて新しいクラスで新年度を迎える私たち生徒に向かい、教壇から優しい声でこう語りかけて下さいました。
 「先生がいちばん好きな音楽は、ベートーヴェンの交響曲7番です。この曲を聴くといつも元気づけられます。そういう力を持った音楽です。皆さんも、この先の人生、もしつらいことがあった時は、この曲を聴いてみてください。」
 ベートーヴェンの交響曲はいずれも、聴く者に力強い、揺るぎないものを感じさせます。疲れた心を癒し、生きる活力を与えてくれさえもします。中でも交響曲第7番にはそうした力が特に込められており、聴き終えた後の充実感と清々しさは格別です。
 この曲は、ベートーヴェンが41歳の1811年から翌年にかけて作曲され、1813年12月8日、ウィーンにおいて作曲者自身の指揮により初演されました。ベートーヴェンは、30歳の頃から難聴の兆候が現れ、やがて病状が進行して聴覚を完全に喪失するに至るも、強靭な意志の力でこの苦境を自ら克服し、音楽史上の最高位に君臨する数多くの傑作を創り出しました。
 1804年に書いた 「ハイリゲンシュタットの遺書」は絶望的な運命そのものに対する訣別と言われています。これを契機として、作曲の才能を活かすという自らの使命を特に強く意識するようになったベートーヴェンは、交響曲の分野では第3番「エロイカ」、第5番「運命」、第6番「田園」において、ホルンパートの拡張をはじめ、ピッコロ、コントラファゴット、トロンボーンを初めて交響曲に加える等の楽器編成の拡大や、自由な楽曲構成等、様々な革新的な試みを取り入れてきました。しかし、その後、交響曲第7番においては、ふたたび伝統的な二管編成による楽器編成と楽曲構成に回帰しました。
 均整の取れた古典的な構成の中で繰り広げられる執拗なまでのリズム主題の反復は、不屈の意志と強い精神の力を、聴く者に訴えかけます。ワーグナーはこの曲を、「舞踏の聖化・神格化(Apotheose des Tanzes)」と評しました。この謎めいた言葉は、この曲において「舞踏」つまり律動・リズムが一貫して中心的な役割を担い、それらがもはや神格化の域に達している、という賛辞と理解されます。

第1楽章 Poco sostenuto - Vivace
 明るいイ長調の全奏和音に続き、オーボエほかの木管楽器が優しい旋律で応えます。弦楽器のさざ波と上昇音階、教会の鐘のような管楽器の全奏、木管と弦楽が奏でる跳躍を伴う主題、これらが次々と現れる序奏部は数分間を要する長大なもので、これから始まる生気溢れる音楽を予見させます。
 やがて木管と弦楽器がE(ミ)音を呼び交わすと、8分の6拍子の心浮き立つヴィヴァーチェとなります。フルートの鮮やかなソロに続き、ホルンが咆哮します。付点を伴って躍動するリズムは、何度も執拗に繰り返され、この楽章を支配しています。終結部では低弦がうねる中、全楽器が熱狂し、高揚して楽章を終えます。
第2楽章 Allegretto
 ワーグナーはこの楽章を「不滅のアレグレット」と評しています。緩徐楽章ながら、ベートーヴェンはやや速めに、アレグレットとの速度指示を指定しています。同音の反復に始まり、ここでもリズムが主役です。葬送行進曲をイメージさせる、短調の独特な哀愁を持つ美しい音楽です。中間部は長調に転じ、木管が優美なメロディを奏でます。なおこの楽章は、初演の際、熱狂する聴衆に応えるアンコールとして再度演奏されました。
第3楽章 Scherzo e trio. Presto
 力強いスケルツォ。この楽章も力強いリズムが全体を支配しています。分散和音をフォルテで上昇し、ピアノで音階を刻みながら降りてくる、という主題は、単純ながら明快で、均整のとれた構成美を持ちます。中間部トリオはこれとは対照的に、のびやかなメロディを管楽器が歌い交わします。トランペットの力強い響きが印象的です。
第4楽章 Allegro con brio
 怒濤のリズムの饗宴。裏拍、すなわち4分の2拍子の2拍目に強烈なアクセントを置くことによりリズムが強調されています。作曲された当時においては時代を先取りする書法です。弦楽器とホルンの活躍に心が躍ります。全オーケストラが興奮し熱狂する中、一気呵成に曲を閉じます。
(Flute 庄子 聡)

ドヴォルジャーク:交響曲第7番 ニ短調 作品70

 チェコを代表する作曲家ドヴォルジャークは晩年アメリカに渡って教鞭を執る傍ら、交響曲第9番「新世界から」やチェロ協奏曲を書いたことがよく知られておりますが、チェコ以外でドヴォルジャークを最初に熱狂的に迎えた国はイギリスでした。
 1880年に作曲した交響曲第6番が1882年にはロンドンで演奏されるのですが、これがとても好評だったため、1884年にロンドン・フィルハーモニック協会が作曲者をロンドンへ招待したのです。自作「スターバト・マーテル」をロイヤル・アルバート・ホールで指揮した際には、1万2千人の聴衆が歓迎してくれた、と本人が語っています。そして帰国後ほどなく協会から名誉会員への就任と、新作交響曲の委嘱の報を受けることになります。こうして誕生した作品こそが交響曲第7番です。
 この作品を2つのポイントからご紹介しようと思います。
 先ず、ブラームスを強く意識した「普遍的音楽」を目指したことです。当時はリストが確立した「交響詩」に代表される、音楽に文学芸術の要素が加味された「標題音楽」が世の中を席巻しておりました。明確なストーリーが展開される音楽が支持され、ドイツの伝統的な音楽を継承しようとしたブラームスが、作風は充分にロマンティックであるにもかかわらず恰好の標的として攻撃されていました。実際、ドヴォルジャークもボへミア的な作品で名を挙げ、交響詩も作曲し、初期の交響曲にはワーグナーの影響もみられます。ところがドヴォルジャークは、次の交響曲をイギリスというチェコ以外の国で演奏することを念頭に、ブラームスにも負けない「本格的な」ものを目指そうとしたため、それまで前面に出ていた民族的なリズムやメロディーはやや影を潜めます。ハイドンやベートーヴェンの流れを組むドイツ的な「絶対音楽」としての交響曲に正面から取組んだ作品であることは、彼が作曲した9つの交響曲の中では異色の響きがすることからも明らかです。
それまでの6つの交響曲はボヘミア風の民族音楽的要素を多く取り入れた交響曲で、また、この後に書かれたドヴォルジャークらしい美しい旋律を駆使した明るい第8番、或いは第9番「新世界から」のアメリカ黒人霊歌の要素も取り入れた音楽と比較しても、この第7番は異彩を放っています。1883年、ブラームスの交響曲第3番の初演に立ち会った際に受けた衝撃が色濃く反映されている、と世の解説書には書かれておりますが、暗く重厚な二短調の響きには当時彼を襲い続けた悲劇―1875年に長女が、1877年には長男と次女とが、1882年には最愛の母が続けて亡くなり、更に1884年にはチェコ音楽界の巨人スメタナが梅毒による幻覚に惑わされつつ世を去っている― に対する作曲者自身の感情が凝縮されているようにも思えます。
 もう一つ、そうは言ってもドヴォルジャークは故郷の音楽を忘れたわけではない、ということが楽譜の中に隠されています。第1楽章には、ちょうど同じ時期に作曲された序曲「フス教徒」のモチーフが出て来るのです。
 14世紀末から15世紀初頭にカトリック教会の堕落を批判したヤン・フス(1369年~1415年)は、カレル大学の学長としてチェコの文学史上にも大きな足跡を残し、チェコ語のハーチェクという特殊記号(č・ř・š・žなど)を使用し始めた人物としても知られています。フスの支持者は当時のカトリック勢力から「異端」とされていましたが、教会の腐敗を正すフスの言葉はやがてプロテスタントに繋がっていきます。
 フスの最後の言葉と伝えられた「正義は勝つ(Pravda vítězí)」は、チェコ共和国の大統領旗にも書かれているモットー(標語)で、のちに外国人に支配される時代が続くチェコ人の心に長く強く刻まれた言葉です。元々フス教徒を描いた音楽劇に使用するために書かれた作品のモチーフを「絶対音楽」の中にひっそりと織込むことで、ドヴォルジャークは「チェコ」という自分のアイデンティティを音楽に残そうとしたのかもしれません。(ちなみに作曲者自身は敬虔なカトリックでしたが。)
 1884年12月から僅か4か月で一気に書き上げられ、1885年4月にロンドンで初演されたこの作品は好評を博し、ドヴォルジャークが狙った普遍性が奏功したのかドイツではハンス・フォン・ビューロー、ウィーンではハンス・リヒターという当時を代表する大指揮者たちがこの曲を演奏しました。
 現在でも「新世界から」や第8番ほどではないにせよ、ドヴォルジャークの「三大交響曲」の一角を占めている人気の高い作品です。もしオーケストレーションがもう少し洗練されていて、奏者への要求技術がここまで高くなければ、日本の多くのアマチュアオーケストラがレパートリーとして演奏しているでしょう。

第1楽章 Allegro maestoso (快活に、威厳に満ちて)ニ短調
 冒頭のヴィオラとチェロによる暗い旋律は、反ハプスブルグの集会に参加する愛国者達がハンガリーからプラハ駅に到着する列車の情景を描いたものと言われています。その後に前述の「フス教徒」のモチーフが現れた後、木管楽器による第2主題が歌われます。最初の暗い主題があるときには寂しく、あるときには激情的に繰り返して演奏され、最後は静かに幕を閉じます。
第2楽章 Poco adagio(やや緩やかに)ヘ長調
(ニ短調の平行調※)  最初のフレーズは「五音音階」というファとシの音がない音階で作られています。スコットランド民謡の「蛍の光」や日本の演歌(4つ目のファと7つ目のシの音がないのでヨナ抜きと言われます)がこの音階からできていると聞くと、同様にもの悲しい印象であることは想像いただけるのではないでしょうか。ドヴォルジャークらしい表情豊かな旋律が次々と展開されていきます。
第3楽章 Vivace - Poco meno mosso(活発に~それまでよりやや遅く)ニ短調
 フリアントというチェコ民族舞踊のリズムを使っています。6拍子なのですが2+2+2→3+3と変化する特徴的なもので力強さがあり、前半に演奏するベートーヴェンの交響曲第7番のスケルツォと比べると受ける印象が異なります。中間部はややゆったりとした美しいメロディーです。
第4楽章 Allegro(快活に)ニ短調
 ホルンとクラリネットによる暗く苦悩するかのような第1主題と、チェロによる明るい第2主題が対照的な楽章です。最後には明るいニ長調に転じて壮大に幕を閉じます。
(Violoncello 中村晋吾)
※平行調:同じ調号によって示される長調と短調の関係であり近親調とされている。ニ短調とヘ長調では、いずれも♭1つの調号となるので、平行調の関係にある。

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