演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

創立20周年記念 第40回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2016年2月21日(日) サントリーホール 指揮/新田 ユリ ソプラノ/増田のり子 メゾ・ソプラノ/押見朋子 武蔵野合唱団

ベートーヴェン:レオノーレ序曲第3番

 この曲は、ベートーヴェンの唯一のオペラ、「フィデリオ」の序曲として1806年に作曲されました。しかし、「フィデリオ」序曲という曲は他にあります。はて、この曲は何故「レオノーレ」序曲なのでしょうか。また、何故「3番」なのでしょうか。まず、曲名に関するこれらの疑問から解説しましょう。
 「レオノーレ」は、このオペラのヒロインの名前です。レオノーレは、圧制により牢獄に囚われた夫フロレスタンを救い出すために男装して看守となり牢獄に潜入します。レオノーレが男装した時の偽名が「フィデリオ」なのです。
 初演された当時はこうした救出劇に人気があり、「レオノーレ」の名を冠するオペラは既に他の2人の作曲家が作曲していました。ベートーヴェンは、初演当初このオペラを「レオノーレ」と称していましたが、公演の不評や作曲報酬を巡るトラブルを受けて3回目の改作が行なわれた際、既存の作品との混同を避けるために名前を変更することを劇場側が主張し、「フィデリオ」という名になりました。また、このオペラの序曲は改作の都度、新たに作曲され、計4種類の序曲を持つこととなりました。
 この「『レオノーレ序曲』第3番」は1806年、2回目の改作の際に作曲されたものです。これに先立つ1804~5年、初演時の序曲が「第2番」、1807年プラハ公演(実現せず)のために作曲された序曲が「第1番」です。1814年に3回目の改作によりようやく好評を博すこととなりますが、その際に作曲された序曲が「フィデリオ序曲」です。
 曲の冒頭、オーケストラのフォルティッシモの全奏によるG音(ソ)からの下降音形は、暗い牢獄に降りて行く様子を表します。その後、木管が奏する憧れに満ちた音形は、第2幕でフロレスタンが牢獄で歌うアリア「人生の春に」です。主部アレグロに入り弦楽器がハ長調の分散和音とシンコペーションからなる主題を軽快に奏でます。勇壮なホルンに導かれて弦楽器と木管が奏でる第2主題は優しく情緒豊かです。やがて突然、大臣の到着を知らせるトランペットのファンファーレが舞台裏から2回鳴り響きます。牢獄で不正や虐待が行われているとの告発に基づき大臣ドン・フェルナンドが調査に来たのです。これがフロレスタンの窮地を救い、牢獄に囚われていた人々の解放へと繋がります。フルートの華麗なソロで始まる再現部を経て、弦楽器が素早い音形を重ねて行き、やがて解放の喜びに満ちた音楽となって華やかに曲を閉じます。
(Flute 庄子 聡)

マーラー:交響曲第2番「復活」

 ベートーヴェン以降の作曲家にとって、彼の「第九交響曲」は、いつか誰かが超えなければならないが、まだ誰も超えることが出来ていない高い壁であった。シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ブルックナー、ブラームスといった錚々たる作曲家たちが、大編成の管弦楽に合唱団と4人の独唱者を要し、人類愛を高らかに歌い上げたベートーヴェンの壁に挑み、敗れていった。
 マーラーもそんな後継者争いに名乗りを上げた一人であった。のちに交響曲第1番となる「2部からなる交響詩」を1889年に初演した若きマーラーは、その前年から、本日演奏する交響曲第2番「復活」の第1楽章のもととなる交響詩「葬礼」の作曲に着手し、1891年に完成させる。当時、ハンブルク市立歌劇場の首席楽長であったマーラーは、自らの指揮を大絶賛してくれていた大指揮者ハンス・フォン・ビューローに、自らピアノを弾いて「葬礼」を聴かせるが、「この作品に比べれば、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』も、ハイドンの交響曲のようなものだ」と露骨に拒絶される結果に終わる。
 ここで終わらないのがマーラーである。1893年には、後に続く第2~4楽章を次々と完成させる(第4楽章は並行して作曲されていた歌曲集「子供の不思議な角笛」の第7曲「原光」として)。
 そんな中、1894年にハンス・フォン・ビューローが転地療養先のカイロで客死。ハンブルクで行われた葬儀に出席したマーラーは、そこでオルガン伴奏の合唱による18世紀ドイツの詩人クロプシュトックの「復活への頌歌」を聴き、これを交響曲の最終楽章の歌詞に採用することを決意する。最初にこの作品を拒絶したビューローの葬儀でこのような霊感を得るとは、何たる運命のいたずらか。この後、「葬礼」を改訂した第1楽章の完成等を経て、この年の暮れに交響曲第2番「復活」は完成する。足掛け7年を要した難産の末の完成であった。
 翌1895年暮れにベルリン・フィルを指揮して全曲を初演。大編成の管弦楽、2人の独唱者と合唱団を要する作品であり、マーラーは私財を投じて、何度も練習を重ね、自らチケットを売りさばいた上での初演であったが、苦労の甲斐あって大成功のうちに終わる。
 後の回想の中で、マーラーは次のように述べている。
 「終楽章に合唱を入れたいと長い間考えていた。唯一の懸念はベートーヴェンの表面的な物真似だと取られることで、そのために何度も躊躇していた。その頃、ビューローが亡くなり、私はその葬儀に出かけた。会堂に坐って亡き人を思う気分は、とりかかっていた作品の精神にまさにそぐわしかった。そのときオルガン席からクロプシュトックの『復活』の合唱が聞こえてきた。それは稲妻のように私を打ち、心の中が冴え冴えとなった。それはあらゆる創作芸術家が待ち望む閃光 ― 《聖霊によって導かれたるもの》 ― だった」
 メンデルスゾーンやベルリオーズも合唱付きの交響曲を作曲してはいたが、ベートーヴェンの第九交響曲に影響を受けていることが最も明らかなのは、マーラーのこの作品であろう。ベートーヴェンを凌ぐことが出来たのか否かを判断するのは、我々一人一人の役目である。

第1楽章
一貫して荘重かつ厳粛な表情をもって ハ短調
 この曲がベートーヴェンの第九交響曲を意識されて作曲されたことは、先に述べた通りであるが、第1楽章の冒頭からもうかがえる。ベートーヴェンのそれは、中低音域の弦楽器のトレモロとホルンによる5度(AとE)の静かな響きの中から、バイオリンが静かに第1主題の断片を奏でる。これに対して、「復活」のそれは強烈である。弦楽器によるトレモロという点では共通しているが、バイオリンとビオラが1オクターブの単音(G)による激しいトレモロを響かせ、それがすぐに静まると、チェロとコントラバスが地の底から駆け上がってくるような第1主題を提示する。 トランペットと木管楽器がベルアップしてオーケストラが大爆発すると、バイオリンが優しい第2主題を奏でる。2度目の大爆発の後に木管楽器とホルンによる葬送行進曲が始まる。以後はこの3つの主題を中心に展開する。
 途中トランペットとトロンボーンのデュエットに導かれて、ホルンがグレゴリオ聖歌の「怒りの日」を奏するが、これは最終楽章でさまざまな形で再現される。コーダは葬送行進曲で始まる。ハープとチェロ、コントラバスの伴奏により、まずは金管楽器、続いて木管楽器が旋律を奏でる。トランペットのハ長調の長和音とホルンの対話の後、トランペットが半音下降して短和音に移行し、最後は2オクターブにわたる半音階の下降音階により崩れ落ちるように終わる。
 尚、マーラーはこの楽章の後に少なくとも5分間の休止をおくように指示している。

第2楽章
とてもくつろいで、急がず 変イ長調
 弦楽器主体の舞曲風の主題を持つゆったりとした楽章である。2回のトリオを間に挟んだA―B―A―B―Aの様式であり、最初のトリオには木管楽器が花を添え、2度目のトリオには金管楽器も加わる。最後は弦楽器のピチカートで楽章を終える。

第3楽章
静かに流れるような動きで ハ短調
 この楽章の冒頭も第九交響曲との関連が感じられる。いずれもティンパニによる強打で始まる。ベートーヴェンは革新的な1オクターブの音程であるのに対して、マーラーは古典的な4度の音程ではあるが。ティンパニの強打に続いて、バイオリンが滑らかに上下する主題を提示する。続いてピッコロを中心とする木管楽器が吹き鳴らすのは、歌曲集「子供の不思議な角笛」の中の「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」の旋律である。これは「教会に人がいなかったので聖アントニウスは近くの川で説教を始める。魚たちは神妙に耳を傾けるが、説教が終わると元の木阿弥。人間の皆さんと同じだ」という風刺的な歌詞の歌曲。我が身を振り返ると胸が痛む。
 中間部はチェロとコントラバスの歯切れの良いリズムに導かれて始まる。金管楽器がファンファーレを2回吹き鳴らすと、4本のトランペットによるワルツに場面転換する。中間楽章でトランペットにゆったりしたソロを任せるのは、マーラーの特徴の一つといえる。交響曲第3番第3楽章のポストホルン、交響曲第5番の第3楽章、交響曲第9番の第3楽章など枚挙に暇がない。ここのトランペットには「ポルタメント」の指示がある。古典派の時代に失った歌声を、産業革命を経てトランペットが取り戻した瞬間であった。
 主部の再現を経て、中間部の主題が爆発的に盛り上がったのちに、最終楽章が予告される。次の第4楽章へ切れ目なく演奏される。

第4楽章
「原光」 とてもおごそかに、飾り気なく 変ニ長調
 弦楽器に優しく付き添われて、アルト独唱が「おお、紅いバラの花よ」と歌い始める。
 声楽が初めて登場するこの場面においても、第九交響曲との対比を強く感じる。第九交響曲で初めて登場する声楽は、それまでの自分を力強く否定し、高らかに人類愛を歌い上げるバリトン独唱と、これに呼応する男声合唱であるが、この曲のそれは、女性であるアルト独唱によりひっそりと歌われ、歌詞は神に救いを求める内容の宗教色の高いものである。
 トランペット・ホルン・ファゴットによるコラールの間奏ののちに、本格的に歌が始まる。歌はオーボエに引き継がれ、中間部の転調の後は、独奏バイオリンやピッコロのデュエットと絡みながら、最後はクラリネットが寄り添って静かに楽章を終える。
 この楽章も休みなく次に引き継がれる。

第5楽章
スケルツォのテンポで
   非常に大規模な編成である。先に述べた編成のうち、4番オーボエ、4番ファゴット、5番トランペット、6番トランペット、オルガン、ソプラノ独唱、混声合唱、舞台裏での金管楽器と打楽器は、この楽章で初めて登場する。楽章は大きく3つに分けられ、声楽が登場するのは第3部からである。チェロとコントラバスによる第1楽章第1主題の断片に続くフルオーケストラの強烈な響きを切り裂くようにして、トランペットとトロンボーンが第1主題を提示する。 舞台上のホルンによる静かな第2主題に導かれて、舞台裏のホルンが天から呼ぶ声を初めて奏でる。第3楽章の最後に予告された動機がトランペットとホルンで再現されると、木管楽器が第1楽章の「怒りの日」を再現する。ここで旋律を演奏するのは、フルート・オーボエ・クラリネットの1番奏者のみであり、伴奏も弦楽器のピチカートのみ。全曲の中で最も室内楽的な部分といえよう。「怒りの日」を引き継いだトロンボーンと、それに続くトランペットが吹くのが「復活」の動機であり、これはこの後何度も再現される。舞台裏のホルンによる2度目の呼びかけの後、フルートとイングリッシュホルンにより、不安げな動機が示されるが、これものちにアルト独唱による「おお、信ぜよ」の歌詞により再現される。トロンボーン・チューバ・コントラファゴットによる「怒りの日」に続いて、金管楽器主体で「復活」の動機が力強く示され、やがて静かに収束して第1部が終わる。
 第2部もやはり第1主題から始まるが、第2部は第1部よりさらに強烈な響きである。フルートは全員ピッコロに持ち替え、舞台裏で天の声を奏でていたホルンも加勢する。これまでの楽章で提示されてきた主題が様々な形で再現され、「怒りの日」や「復活」の動機も金管楽器を中心に何度も登場する。トロンボーンとホルンにより「おお、信ぜよ」の動機が提示されると、舞台裏のトランペットと打楽器が初めて登場し、不安を一層掻き立てる。ベルアップしたホルンとトランペット全員により、これまでで一番激しい響きでの第1主題が現れ、なだれ込むように第3部に突入する。
 チェロにより第2主題が柔らかく現れると、これをホルンが優しく受け止める。響きが徐々に薄くなり、大太鼓の持続音だけになると、舞台裏のホルンの3度目の呼びかけが始まる。同じく舞台裏でトランペットが答えると、さらに夜鶯の鳴き声を模倣した舞台上のフルートとピッコロが応じる。4人のトランペットが舞台裏の左右に配置され、それぞれが独立した動きをすることから、ホールの音響空間を最大限に活用した独特の響きが示される。歌劇場の音楽監督を永く務めてきたマーラーの面目躍如といえよう。この部分で演奏するのは、舞台上ではフルート・ピッコロ・大太鼓の3人。
 舞台裏では、ホルンとトランペットが4人ずつとティンパニの9人。合計12人のアンサンブルが、切れやすい1本の絹糸のような危うさで紡がれる。夜鶯の鳴き声がやむと、大いなる復活の日の夜明けである。無伴奏の合唱が「復活」の動機を静かに歌い始める。尚、クロプシュトックの詩の引用は4行2節のみであり、後の部分はマーラー自身の作詞によるものである。トランペットによる第2主題の提示に始まるオーケストラのみの間奏をはさんで、クロプシュトックの「復活」が厳かに歌われる。
 「復活」讃歌が終わると、アルト独唱によりマーラー作詞の「おお、信ぜよ」が歌われる。これまで第1部と第2部で予告されたフレーズである。男声合唱により「復活」の動機が歌われると、アルト独唱とソプラノ独唱による2重唱となり、第4楽章後半の旋律も再現される。バスを筆頭に合唱が第2主題をかわるがわる歌い始めると、オーケストラに響きも徐々に厚くなり、舞台裏で演奏していたトランペットとホルンもステージに加わる。金管楽器により「復活」の主題が高らかに奏でられると、ここで初めてオルガンが加わる。手元のスコアによると、この曲の全体が278ページであるのに対して、271ページ目での出来事である。最後はフルオーケストラで第2主題が繰り返され、変ホ長調の長和音で全曲を終える。
(Trumpet 手塚 晋)

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