演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

第44回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2018年1月20日(土) すみだトリフォニーホール 指揮/佐伯 正則

リムスキー = コルサコフ:スペイン奇想曲 作品34

【作曲家について】
 ニコライ・リムスキー=コルサコフは1844年にロシアの軍人貴族の家に生まれました。幼いころからピアノを習い始め、音楽的な才能を発揮していたようですが、まっすぐ音楽の道へ進んだわけではありませんでした。12歳の時には海軍兵学校に入学し、そのままロシア海軍へ所属、29歳で海軍軍楽隊の監督官に就くまでは軍務と並行して作曲を続けていました(実際、彼の交響曲第1番は艦隊での遠洋航海を挟んで作曲されました)。 軍務を退いてからは、作曲や教育活動などを通してロシア音楽を広めるために力を注ぎました。また、彼は同じロシア作曲家であるモデスト・ムソルグスキーやアレクサンドル・ボロディンの遺稿の補筆・出版を精力的に行ったことでも有名です。《はげ山の一夜》《イーゴリ公》といった、彼らの名作が日の目を見る契機を作ったという点でも、リムスキー=コルサコフの功績は大きいと言えるでしょう。
【19世紀ヨーロッパでの「スペイン趣味」ついて】
 リムスキー=コルサコフ自身はロシアの作曲家ですが、《スペイン奇想曲》はその名の通り、スペインの民謡がテーマに用いられています。実は、スペイン以外の国の作曲家が、スペイン音楽を題材とした曲を作るという例は多くみられます。例えばフランスでは、エドゥアール・ラロの《スペイン交響曲》やジョルジュ・ビゼーの歌劇《カルメン》などの作品が作られました。フランス以外でもロベルト・シューマン(ドイツ)、フランツ・リスト(ハンガリー)などの作曲家がスペイン音楽を題材にした曲を作っています。
 19世紀のヨーロッパではエキゾティシズム(異国趣味)が流行し、異国の文化が積極的に作品に取り込まれるようになりました。音楽作品だけではなく、例えば画家クロード・モネは『ラ・ジャポネーズ』という作品で、着物に身を包む妻の姿を描いています。異国情緒(「どこか遠い知らない国」という感覚)が作家のインスピレーションの源となっていました。エキゾティシズムの対象として、日本や中国をはじめとした東洋の文化だけでなく、実はスペインの文化に目が向けられることも多かったのです。 スペインは、ロマ族などの移動型民族の文化や、一時イベリア半島を占領していたアラブ民族の文化が色濃く残っており、同じヨーロッパではあっても「どこか遠い知らない国」という感覚を引き起こさせたのでしょう。そのような異国情緒あふれる文化にインスピレーションを受けた作家たちが、スペイン的な作品を多く残したのです。
【曲目について】
 ニコライ・リムスキー=コルサコフは、ホセ・インセンガというスペインの作曲家が編纂したスペインの民謡集から曲を借用し《スペイン奇想曲》を作りました。曲は次の5つの部分から成り立っており、それぞれ連続して演奏されます。
1.アルボラーダ Alborada
 スペイン北西部のアストゥリア地方の舞曲が原曲で、明るく賑やかなテーマから始まります。オーケストラの全奏とクラリネットのソロによってテーマが対比的に反復された後、ソロがヴァイオリンに移り曲が終わります。
2.変奏曲 Variazioni
 同じくアストゥリア地方の民謡がもとになっています。1曲目から一転して、優雅なテーマがホルンにより奏でられます。《変奏曲》と名付けられている通り、冒頭のテーマが様々な楽器の組み合わせで変奏されます。
3.アルボラーダ Alborada
 1曲目と同じテーマが半音上の調、異なるオーケストレーションで再現されます。また、ヴァイオリンとクラリネットのソロの役割が1曲目と反対になっています。
4.シェーナとジプシーの歌 Scena e canto gitano
 原曲は《アンダルシア・ジプシーの歌》です。アンダルシアはスペイン南部の地方で、アフリカに最も近いためアラブ文化の影響を強く受けていました。そのためか、4曲目が《スペイン奇想曲》の中で最もエキゾチックな印象を受けます。金管楽器のファンファーレから始まり、各楽器のソロが続きます。中盤には移動型民族の特徴的な旋律がチェロとオーボエの掛け合いで奏でられます。
5.アストゥリアのファンダンゴ Fandango asturiano
 アストゥリア地方に起源をもつ4分の3拍子の舞曲がもとになっています。トロンボーンによる力強いテーマの後に、木管楽器による2つ目のテーマが演奏されます。2つ目のテーマは、まさにスペイン的と言えるカスタネットのリズムを伴って奏でられます。これらのテーマを中心に曲が展開されていきますが、クライマックスでは1曲目のアルボダーラが再び登場し、加速しながら熱狂的に曲が締めくくられます。
 ここまでいろいろと書いてきましたが《スペイン奇想曲》は特段解説がなくても十分に楽しむことができるような、構成やテーマの明快さが特徴です。演奏を聴くときには、ここに書いた文化的な背景などもいったん忘れてしまい、スペインらしさにあふれた音楽に身を任せるのも、曲を楽しむ一つの手であるかもしれません。
(Clarinet 並木 正信))

レスピーギ:交響詩《ローマの噴水》

 《ローマの噴水》は、レスピーギのいわゆる《ローマ部部作》と呼ばれる3つの交響詩のうち、一番はじめに作曲されました。レスピーギはリムスキー=コルサコフを師匠に持ち、彼から学んだ管弦楽法がこの曲のオーケストレーションに生かされています。また、ドビュッシー風の印象主義の手法も随所に取り入れられ、それらを巧みに結びつけた交響詩となっています。
さて、ローマの噴水と言えば何を思い出しますか? やはりトレヴィの泉ですよね。ローマに旅行に行ったら立ち寄らない人はまずいません。ローマにはそれ以外にも数々の噴水が存在しますが、実にその数、千とも二千ともいわれています。これだけ噴水があるのですから、ローマ市民はよほど噴水が好きなのでしょう。レスピーギもそのひとりで、どこかの噴水に足繁く通っては《ローマの噴水》の曲の構想を練っていたのに違いありません。
 本交響詩は4曲から構成され、それぞれの異なる噴水が描かれています。レスピーギはこの曲に寄せて次のように書いています。《この交響詩の中で、4つの噴水が周囲の風物ともっともよく調和し、また、それを眺める人にとって、その美しさがもっとも印象的であるような時刻を選んで、それから受ける感情と幻想を表現しようとした》
1.夜明けのジュリア谷の噴水
 ジュリア谷は現存しているかよくわかっていませんが、一説ではレスピーギの交響詩《ローマの松》でも有名なボルゲーゼ荘の中にある窪地を指しているといわれています。まだ夜明け間もない薄暗い中、風にそよぐ木立の中から夜明けを告げる鳥の鳴き声が聞こえます。噴水はまだ静かにたたずんでいて、時折吹く風に噴水の水面がさざなみを立てています。また静かになった噴水を覗き込むと、水底が透き通って見え、水中の魚が静かに泳いでいるのが見えます。
2.朝のトリトンの噴水
 トリトンと言えば神話の中に出てくる、上半身が人間で下半身が魚という形をした海の神です。曲の冒頭、衝撃的な調子で始まりますが、おそらくこのトリトンをイメージしたものだと思われます。このトリトンの姿が目の前に突然現れるのを想像してみてはいかがでしょうか。その後、噴水は遊園地のように自由自在に噴出し、水の形を変えながら、活き活きと動き始めます。
3.昼のトレヴィの泉
 ローマと言えばトレヴィの泉、一度は観光に行ってみたいものです。  ところでこの3曲目、お聴きになるとわかると思うのですが、全然噴水らしくありません。あの静かな噴水のイメージとはかけ離れた、激流または、荒れ狂う大海原という感じです。どうしてレスピーギはトレヴィの噴水をこのように表現したのか。私は、トレヴィの泉の彫刻に注目をしました。
 ポーリ宮殿の前に広がるトレヴィの泉。宮殿の壁の中央に立つのは、水の神ネプトゥーヌス。ネプトゥーヌスにまつわる神話にはいずれも泉の水が溢れて出したという記述があります。3曲目の始まりは、この神話にあるように水かさを増してくる様子が描かれ、やがてその水は溢れ出し、水の流れは更に激しさを増していきます。しかし激しさが頂点に達すると次第に水は何者かの力によって収められ、落ちつきを取り戻し、静かな整然とした流れに変わっていきます。ローマにはネプトゥーヌスにちなんだネプトゥーナーリア祭というのがあり、自然の川の制御だけでなく人工の水の流れの制御についても祈りを捧げていたといいます。このことから、ローマ人は水への関心が深く、制御する技術が高まっていったと考えられます。この曲に描かれているのも、氾濫する水をローマ人が人間の力で収めていく技術の進歩を表しているのではないかと想像できます。
4.夕暮れのメディチ荘の噴水
 レスピーギは、この曲についてこう書いています。《郷愁をそそられる夕暮れのひとときである。鳴りわたる鐘の音、小鳥のさえずり、木の葉のささやきが大気にみちあふれている…》
 メディチ家と言えば、イタリアのルネサンス時代の大富豪。銀行家、政治家として成功しその時代の支配者として君臨するだけでなく、当時の芸術家への財政支援も積極的に行なっていたようです。そのメディチ荘の噴水は、ヴィラ・メディチという、フェルディナンド1世・デ・メディチが建設した、今ではフランスの国有財産ともなっている建造物の庭園の中にあります。
 もう時は夕暮れ。西の空へと沈みゆく夕日の光が、時間とともに様相を変えていきますが、その様子をヴァイオリンの旋律が奏でているようです。噴水の水面は日の光を反射させながらキラキラ輝いています。やがて、夜の訪れとともに森の中からひばりの鳴き声が聞こえてきます。この場面は木管やヴァイオリンによって奏でられます。場面は噴水の水底へと移り、水中から上空を見上げると水面が夕日の光に照らされゆらゆらと揺れています。水面に反射するオレンジ色の眩しい光を木管群のメロディで表現し、その後光が衰え噴水の中で泳ぐ魚の形も見極められないほど薄暗くなった様子をフルートが奏でます。西の山肌に夕日が沈みかけ、それとともに空には星が光り始めます。やがて夜の帳が降り、曲は静かに終わります。
(Flute 山本 慎二)

メンデルスゾーン:交響曲第3番 イ短調《スコットランド》作品56

【作曲者について】
 ヤーコプ・ルートヴィヒ・フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ(以下「メンデルスゾーン」といいます。)は1809年にハンブルクに生まれ、1847年にライプツィヒに没した人です。現在の国でいうとドイツの人ということになります。同時代の作曲家としては、当楽団が第41回定期演奏会で演奏させていただきました《幻想交響曲》の作曲者である、エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)や、ロベルト・シューマン(1810-1856)、フランツ・リスト(1811-1886)らが挙げられます。ちなみに当時の日本は、約260年に及んだ江戸幕府による統治の最後の60年を過ごし、明治維新へと向かう時代の中にいました。
メンデルスゾーンは38年の短い生涯の中で、音楽史に多くの功績を残しました。作曲家としてヴァイオリン協奏曲や序曲《フィンガルの洞窟》、劇音楽《真夏の夜の夢》 (この中に含まれる『結婚行進曲』は彼の曲の中では圧倒的に有名です。結婚式で新郎新婦入場の際に「パパパパーン」というファンファーレで始まるあの曲です。最近では結婚情報誌のテレビCMでも使われていますね)等の作品を生み出すとともに、指揮者としては、J.S.バッハ作の大曲《マタイ受難曲》の公開演奏を作曲者の死後初めて行い、同作品の再評価の契機を作ったほか、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の監督を務めました。なお、この楽団は現在においてもドイツ屈指の名門オーケストラとして健在です。
 またライプツィヒ音楽院を設立して初代院長に就任するなど、教育者としての顔も持っていたようです。なお、この音楽院についても、現在において『フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学ライプツィヒ』として健在です。ちなみに《荒城の月》で著名な滝廉太郎もこちらの大学に留学していました。なお、彼が生きた時代のヨーロッパにおいて、ユダヤ人への差別意識は非常に強いものでした。彼の一家はユダヤ人で、父の代でキリスト教に改宗したにもかかわらず、メンデルスゾーン自身もユダヤ人として不当な迫害を受けていたということは、決して忘れてはならないことです。彼の死後においても、ナチス政権下のドイツにおいて、1933年にユダヤ人作曲家の音楽の公演すべてを禁止する指令が発布されたり、1936年にライプツィヒのゲヴァントハウス前に建っていた彼の銅像が政府によって破壊されるなどの悲劇が起こりました。世界は常に動き続けており、その結果生じた歪みは思わぬ結果をもたらすことがあるという歴史の教訓を再認識するとともに、そのような逆風にさらされ続けながらも、彼の作品が生き残り、21世紀の日本においても触れることのできることのありがたさを感じずにはいられません。
【曲目について】
 メンデルスゾーンの交響曲は第1番から第5番までの5曲がありますが、実はこの付番は出版された順番によるものであり、実際に作曲された順番で並べると、第1番、第5番、第4番、第2番、第3番となります。つまり、この交響曲第3番《スコットランド》はメンデルスゾーンが最後に完成させた交響曲ということになります。作曲時期は1830年から1842年とされています。1829年にスコットランドを旅したメンデルスゾーンは、ホリールード宮殿を訪れた際に見た修道院の廃墟よりインスピレーションを得てそれをメモに残すのですが、多忙のため作曲は長らく中断され、ようやく完成したのは1842年であったというわけです。初演は、同年に作曲者本人の指揮により、その手兵であるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が行いました。
 なお、このスコットランド旅行の際、メンデルスゾーンはスコットランド本土から西方のヘブリディーズ諸島へ渡るのですが(前述の《フィンガルの洞窟》はこの諸島で得たインスピレーションを元に作曲されました)、その船旅の出発地となった港町オーバンには、オーバン蒸溜所というウイスキー蒸溜所があります。この蒸溜所は、メンデルスゾーンがオーバンを訪れた1829年より35年も前の1794年に創業した老舗にして現在も現役の蒸溜所であり、シングルモルトのスコッチウイスキー『オーバン』を製造しています。このメンデルスゾーンも飲んだかもしれないウイスキーは、日本の酒屋さんでも手に入るようですので、スコッチ好きの方は是非飲んでみてください。インターネットで少し調べてみたところ、蒸溜所の立地をよく反映した味わいとのことで、マッカランのような本土のハイランド系のまろやかさと、タリスカーのような諸島部のアイランド系の荒々しさがミックスされたバランスの良さが魅力、といったレビューをいくつか見つけました。筆者も是非とも手に入れて飲んでみたいと思います。
この交響曲は各楽章の末尾に”attacca”(続けて)の指示があり、切れ目なく演奏されはしますが、一般的な4楽章制の形式を取っています。
第1楽章 アンダンテ・コン・モート イ短調 4分の3拍子 ソナタ形式
 冒頭にて、オーボエ、クラリネット、ヴィオラによって、メンデルスゾーンがスコットランドの宮殿で思いついたという美しく哀愁を帯びた主題が歌われ、長い序奏部分を形作ります。その後主部に入り、これまた哀愁を帯びつつも舞曲的な躍動感のある第1主題と、愛らしい第2主題により曲が展開しますが、最後には序奏部分の主題が再び現れます。
第2楽章 ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ ヘ長調 4分の2拍子 ソナタ形式
 一転してスケルツォ風の展開が楽しい楽章です。この交響曲において一種の清涼剤のような役割を果たしています。冒頭にクラリネットがのどかで軽快な主題を提示し、それを様々なパートが引き継ぎ、終始軽快に展開します。
第3楽章 アダージョ イ長調 4分の2拍子 ソナタ形式
 緩徐楽章です。短い序奏ののち、ヴァイオリンが第1主題を歌います。この主題は本当に美しく、筆者などは演奏していると、胸がいっぱいになります。ノスタルジックな温かみ、悲しみ、情熱といった、相反しつつも隣り合う感情が次々と呼び起こされます。この主題がヴァイオリンにより提示された後には、第2主題に基づく厳粛な雰囲気の進行と第1主題による叙情的な進行が組み合わさり、この楽章の頂点を形成していきます。
第4楽章 アレグロ・ヴィヴァチッシモ イ短調 2分の2拍子 ソナタ形式
 2拍子のリズムが機関車のように強い推進力を持ち、2つの主題を展開しながら進行します。終盤に至ると進行の速度も緩み、オーケストラ全体を二分しての豪快な掛け合いが続いたところで、弦楽器のロングトーン上でクラリネットとファゴットが寂寥感溢れるやり取りを行い、曲のエネルギーも沈み込みます。そののち、短調から長調へと劇的な転調を果たしてコーダが始まり、この交響曲の中で最も晴れやかな時間が訪れます。フルートやオーボエ、ヴァイオリンといったオーケストラの華ともいうべき高音楽器をあえて休ませて提示される主題は中低音楽器による男性的な輝きに溢れ、この交響曲を明るく高らかに締めくくります。
(Violoncello 甲斐 章浩)

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