演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

第45回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2018年8月19日(日) 東京芸術劇場コンサートホール 指揮/武藤 英明 ヴァイオリン独奏/小野 明子

ブラームス:大学祝典序曲 作品80

《大学祝典序曲 ― 史上最強のCMソング?》
 現代色々なメディアでは、商品や企業などをPRするCMソング(と言っても、歌が入っていない曲もありますが)があまたあります。世界最古のCMソングは、イタリアにあるヴェスヴィオ山の登山電車運営会社が1880年に発表した、《フニクリフニクラ》だそうです。作曲家のR・シュトラウスは、この曲をイタリアの古い民謡だと思い、メロディーを自身の交響的幻想曲《イタリアから》に使用し、《フニクリフニクラ》の作曲者から訴えられてしまいました。以降R・シュトラウスはこの曲が演奏されるごとに、作曲者に対し著作権料を払っていたそうです。日本では、《この木なんの木》という有名なCMソングが・・・。
【閑話休題】
 1879年ブラームスは、現在のポーランドにあるブレスラウ大学から「現代のドイツにおける謹厳な芸術音楽の第一人者」として名誉博士号を授与されます。実はこの3年前イギリスのケンブリッジ大学からも名誉博士号の申し出が有ったのですが、イギリスへの船旅がダメとか、英語が話せないとかの理由をつけて断っています。もっとも、この時はイギリスに出かけ、堅苦しい式典に参列するのが条件だったので、当時構想から20年ほどかけた《交響曲第1番》の作曲が佳境で(1876年初演)、それどころではなかったのかもしれません。
しかし、ブレスラウ大学からの条件は、新しい交響曲か、少なくとも祝典的な曲を作曲してくれればありがたい、といった軽いものだったので、受ける事となり、翌1880年にお礼の曲が完成、初演を行ったのが本日演奏する《大学祝典序曲》です(そう、フニクリフニクラと同級生!)。この曲は特別に装丁された楽譜こそ、ブレスラウ大学のために献呈と記載がありますが、一般市販用の楽譜にはそのような記載がありません。また初演もブレスラウ管弦楽協会の演奏会で行われ、ブレスラウ大学での式典などでは演奏されていません。そうなんです、この曲はブレスラウ大学からの名誉博士号授与のお礼として作曲されたものの、その後ブレスラウ大学はあまり関わってなさそうなんです。なんと勿体ない!この曲は初演の後ヨーロッパ各地で再演され、現在でもオーケストラの主要レパートリーとして数多く演奏されているにもかかわらず、ブレスラウ大学の名前はほとんど出てきません。せめて曲名が《ブレスラウ大学序曲》なんて付いていたら (ブラームスが断ったかもしれませんが)、大学の名前は後世まで、この曲が演奏される度にPRされ、史上最強で史上最古のCMソングとなったのでは・・・。などと考えるのは私が営業職だからでしょうか。まあ、当時の大学は少子化が進む今の日本と比べ、生徒の獲得競争も少なかったでしょうし、ことさらPRする必要が無かったのかもしれません。
《明るい曲は悲しみの裏返し?》
 この曲には同じ年に生まれた、まさに双子の曲があります、《悲劇的序曲》がそれです。ブラームスは《大学祝典序曲》の作曲中、出版社に対し「この機会、私の孤独な気持ちに、劇的な序曲を書く事を誓わざるをえなかった」と手紙を書いています。 《大学祝典序曲》は明るく、ブラームスにしては珍しい、打楽器に大太鼓、シンバル、トライアングルを使う曲です。これに対し《悲劇的序曲》は重く、それらの打楽器は使いません。ブラームスには、この頃悲しい出来事がいくつか起こりました。彼を認め、世に出してくれた恩師シューマンと、その妻でありブラームスが敬愛するクララとの息子フェリックスや、画家である友人の死。友人であるヴァイオリニスト、ヨアヒムとの不仲。また自殺未遂を起こし、晩年は精神病院に収容され亡くなったシューマンの記念碑除幕式への出席も、悲しい記憶を思い起こさせたかもしれません。
ブラームスは度々、同じような時期に同じジャンルで性格の違う曲を書いています。ベートーベンの交響曲第10番と例えられる重厚な交響曲第1番と、翌年作曲されブラームスの田園交響曲と例えられる交響曲第2番、それからこの2曲の序曲などです。ブラームスは《大学祝典序曲》において、昔ゲッティンゲンで学生たちと楽しく交流した時に覚えた、楽しい学生歌4曲のメロディーを使い、メドレー風につなげて作曲しています。しかし、曲冒頭の旋律だけはブラームスのオリジナル。祝典という名の曲ではあるものの、ハ短調でピアニッシモ、遠くで行進しているような、ちょっと祝典とは別な雰囲気がします。このメロディーは明るく形を変えながら、それぞれ4曲の学生歌をつなぐ役割をしています。明るい曲の中に垣間見えるこのテーマは、この曲を作曲当時、彼に起こった悲しい出来事に対し、《大学祝典序曲》では なんてことないさ と表向きは笑って見せ、《悲劇的序曲》では正面から向き合う。この2曲でブラームス自身、気持ちのバランスを取ったのかもしれません。
(Bassoon 岸川 敏明)

ラロ:スペイン交響曲 作品21

作曲者について
この曲の作曲者、ヴィクトール・アントワーヌ・エドゥアール・ラロは、1823年に生まれ1892年に没した、フランスの作曲家です。本日取り上げるもう1人の作曲家である、ヨハネス・ブラームスは1833年に生まれ1897年に没していますので、この2人は19世紀前半から世紀末までのほぼ同じ時代を生きたことになります。幼少期にチェロを、その後パリ音楽院にてヴァイオリンと作曲を学んだ彼は、作曲活動を行うものの余りうまくいかなかったようで、しばらくの間は弦楽四重奏団のヴィオラ奏者として活躍したそうです。ヴィオラは、ヴァイオリンとチェロを繋ぐパートですので、双方に心得のあるラロは確かに良いヴィオラ奏者になりそうですね。その後42歳になったラロは、ジュリーというアルト歌手と結婚したことを契機に作曲意欲を再燃させ、50歳を過ぎてからヴァイオリン協奏曲第1番、チェロ協奏曲、スペイン交響曲、といった彼の代表作を生み出していくこととなります。
この曲の特徴について
― 実は協奏曲
 この曲は「交響曲」と名付けられていますが、実際にはヴァイオリン独奏とオーケストラにより演奏される、「ヴァイオリン協奏曲」というカテゴリーに属しています。協奏曲の独奏者に求められるテクニック、体力、音楽性といった演奏能力は並外れたものです。悲しいかな、我々アマチュア音楽家にはあまりに高いハードルであるため、日立フィルハーモニー管弦楽団では、協奏曲の独奏者にはプロフェッショナルの演奏家をお招きしています。それは、我々オーケストラ側にとって、またとない学びの機会を得ることを意味しています。独奏者の方と共に練習する回数は決して多くはありません。しかし、その限られた時間の中であっても、音の出し方、フレーズの作り方、演奏の組み立て方等を学ぶとともに、独奏者の音楽に圧倒され、自分の中にかけがえのないものが残るのです。
―日本のヴァイオリン教室ではとても人気
 日本には、子供たちがヴァイオリン演奏を習う教室が数多くありますが、この《スペイン交響曲》は、これらの教室において課題曲として取り上げられることが多いようです。筆者が幼少期に通っていたヴァイオリン教室においても、この曲は、ヴァイオリン歴が10年くらいの中学生、高校生のお兄さんお姉さんが発表会で演奏することの多い曲でした。ちなみに、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲も、同じくらいポピュラーでした。
―リズムが難しい
 この曲、オーケストラの楽譜はそれほど難しいものではありません。各パートに求められる技術も、またパート間のアンサンブルもそれほど複雑ではないのです。それでは演奏がうまくいくか否かのポイントは何なのか。それは全編を貫くラテン系のリズムにどれだけ乗れるかということです。「なんだ、そんなことか」と思われたかもしれません。ところがこれは、発音や抑揚においてスペイン語と比べて圧倒的に平板な日本語が骨の髄まで染み渡っている者にとっては大変難しいのです。かつてテレビで日本のプロオーケストラがこの曲を演奏している番組を視聴しましたが、勢いを優先しすぎたのか、悪い意味で非常に軽く、つんのめったようなリズムとなっており、非常にがっかりした記憶があります。  私の個人的な印象ですが、この曲のリズムは、 しなやかではあるけれど決して軽くはなく躍動しているように思います。それを演奏で表現するためには、絶妙な緩急が必要です。きっとスペイン人なら何も考えなくても自然にそれができるのでしょうが、我々は様々なポイントに非常によく気をつけ、それを徹底するという努力によって実現しなくてはなりません。これは、他の西洋の作曲家の作品に取り組む際も同じことでして、西欧を中心とする音楽文化に魅せられた極東アジア人の宿命と言えます。困難な課題ですが、粘り強く取り組みたいと筆者は思っています。
それぞれの楽章について
第1楽章
 この曲の中で特に有名で人気のある楽章です。筆者も今回この曲に取り組むまで、この楽章しか知りませんでした。重厚なオーケストラの響きと、バイオリンの哀愁を帯びた調べの対比がたまりません。
第2楽章と第3楽章
 どちらも3拍子の軽やかな舞曲風の楽章です。第1楽章が随分こってりとした味わいですので、口直しの役割を与えられていると筆者は理解しています。ちなみに第3楽章は省略されることもあるとのこと。
第4楽章
 穏やかなテンポの叙情的な楽章です。静謐な美しさが光っており、これまでとは異なる雰囲気に驚かれる方もおられるのではないかと思います。
第5楽章
 最後の楽章です。曲の締めくくりにふさわしく、独奏バイオリンの大活躍、舞曲風の快活な推進力などの魅力が詰まった、充実した内容が楽しめます。
(Violoncello 甲斐 章浩)

ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73

ベートーヴェンの交響曲を理想としたブラームスは、その生涯で4つの交響曲を作曲した。1876年に長考の成果である交響曲第1番ハ短調を完成させ、9年後の1885年には最後の交響曲となる交響曲第4番ホ短調を書きあげた。ブラームスの交響曲は、古典ソナタの持つ論理性を徹底的に追求している点で、ベートーヴェンの交響曲の正統的な後継作品とみなされている。本日演奏する交響曲第2番ニ長調は、1877年、ブラームス44歳の時の作品である。
第2番は1877年6月にペルチャッハで作曲に着手され同年秋に完成した。ペルチャッハは、南オーストリア、ケルンテン地方のヴェルダー湖畔にある風光明媚な保養地である。ブラームスの親友であり、胃癌切除手術に初めて成功したオーストリアの外科医、テオドール・ビルロートは、第2番について「この曲はすべてが青い空、川のせせらぎ、太陽の光と涼しい森の木陰だ。ペルチャッハとはどれほど美しいところだろう」と述べていることからも、ペルチャッハの様子が伺える。第1番は構想から完成まで約20年を要したが、第2番は完成までたったの4ヶ月という驚くべきスピードで書かれた。
ブラームスは、「ペルチャッハにはたくさんの旋律が飛び交っていて、それらの旋律を踏みつけないようにしなければならない」と書き記している。第1楽章の牧歌的な響きから、ベートーヴェンの交響曲第6番《田園》にたとえられ、「ブラームスの田園交響曲」と呼ばれることもある。ブラームスは友人に、第2番作曲について、「あなたはこれまでこの作品以上の世界苦にさいなまれるものを聴いたことがない。全楽章ヘ短調だ」という書簡をしたためた。実際の作品は大自然の光と熱、明るさと暖かさを反映したニ長調の作品であるため、戯れの手紙である。第1番の生みの苦しみから脱却し、ペルチャッハの陽光に包まれたブラームスは、冗談が出てしまうほど、解き放たれた気持ちだったのであろう。
 太陽があるから影がある。影があるところには太陽がある。製作期間以外でもこの2つの交響曲は対照的であった。第1番のハ短調交響曲に対し、第2番はニ長調交響曲である。荘厳さを感じる重厚な第1番に対し、第2番は自然の大気をいっぱいに吸い込んだ、のびやかな曲調となっている。しかし、第2番を聴き進めるうちに、この曲がのどかなペルチャッハの表層的な明るさを模しただけではないことに気付かされる。それはこの曲が演奏する側にとって、とても困難で苦しいものであることにも反映されている。特に、私が所属する内声部のパートは、リズム・旋律等どれをみても処理しにくく、全体像を把握しかね疲労度が激しい。
そして、この曲にはブラームスのクララ・シューマンへの積年の想いが投影されている気がしてならない。若いころの甘酸っぱい思いがやがて成熟し、長い時を掛け敬愛の念を含んだ愛に変わる。激しい感情の起伏を経て、熟れた想いを第2楽章で強く感じることが出来る。未来への希望よりも、懐古の情。そういう意味でもブラームスの音楽は、極めて大人の音楽である。
第1楽章 Allegro non troppo
ニ長調、ソナタ形式
 冒頭に低弦が奏するD−C♯−D(ニ−嬰ハ−ニ)の音型が全楽章を統一する基本動機となっている。澄み渡った空に鳴る大らかなホルンの旋律の第1主題が始まり、木管がそれに応える。ヴァイオリンが基本動機に基づく明るい旋律を歌う経過句ののち、チェロが愁いを帯びた第2主題を奏する。牧歌的な雰囲気を見せながらも、次第に劇的な激しさをみせ、貫禄のある響きを聴かせていく構成を持つ。終結部分では50小節にも及ぶ新しい旋律が美しく輝き、ロ長調のアダージョの第2楽章へとつながっていく。
第2楽章 Adagio non troppo
ロ長調、ソナタ形式
 ブラームスは、緩除楽章の主要テーマにチェロを用いる傾向があり、この楽章もその典型である。追憶に耽るようなチェロの旋律から始まり、ファゴットが対位法的に絡むことで深い感動を与える。晩年に自己の創作を回想したブラームスは、それまでに書いた最も美しい音楽は、この楽章のこの旋律であると語ったと伝えられている。長調にも関わらず寂しげな雰囲気のあるこの第1主題は、フルートとヴァイオリンによって繰り返され、息の長いメロディが続く。第2主題はシンコペーションを伴いながら木管により優美に奏でられる。弦が基本動機を含むコーダを奏すると、興奮して悲劇的な高まりを見せる。
第3楽章 Allegretto grazioso(Quasi Andantino)
ト長調、ロンド形式
 2つの間奏部分を持つスケルツォ的性格の強い楽章であり、A-B-A-C-Aと図式化出来る。Aの主題部はチェロのピチカートに乗ったオーボエが、牧歌的なメロディをのどかに奏でる。その後、倍速のテンポでBの間奏部の軽快なスケルツォを弦が小走りに奏する。AとBは対照的だが、ともに基本動機を変奏したものである。再びオーボエのメロディに戻るが、弦が大きく響くとまた小走りになっていく。最後の主題部の再現は弦によって嬰ヘ長調で始められるが、ト長調に復帰し静かに終結する。基本動機のもとで、メヌエットとスケルツォを変奏曲的に融合することでゆったり歩いたり、少し走り出したり、またスピードを落としたりする様子を見事に表現している楽章である。
第4楽章 Allegro con spirito
ニ長調、ソナタ形式
 基本動機に基づく第1主題が、抑制された弦の弱音で密やかに開始される。木管を交えながら軽快な前奏を示すが、途切れそうになる。すると突然オーケストラが強烈な音型を放ち、第1主題を展開していく。次いでヴァイオリンとヴィオラの穏やかであたたかな第2主題が現れる。この第2主題は第1主題と対比しており、活気に溢れ健康な喜びで優しく包みながらも、安らぎを与える曲調を構成する要素となっている。特筆すべきは、この第2主題も第1主題冒頭の基本動機を主核としていることである。展開部は短調になりクライマックスを築いた後、やがて収まり第1主題が弦の弱音で再現される。コーダは、金管のコラール風のフレーズで始まり、トロンボーンの高音をはじめ金管が華やかに登場する。高揚と緊張の気分が生じ、音響の波がますます高まり、歓喜で全曲が結ばれる。
 ブラームスの音楽を演奏することは、多くの奏者にとってこの上ない歓びをもたらす。ステージでの時間が永遠に止まって欲しいと思わせる力を内在する。それは、ブラームスの曲が彼の内面を投影する抒情を含み、その欠片が演奏者の心を突き刺すからではないだろうか。孤独の深淵に沈吟することから生を受けた音楽。そこに私たちは魅了され続けるのである。
(Violin 吉永 留美子)

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