演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

12回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2002年1月27日(日) 東京芸術劇場 指揮/田部井 剛

ドビュッシー(ビュッセル編曲)小組曲

ドビュッシー(1862~1918)は、フランスの近代音楽の扉を開けた偉大な作曲家です。「小組曲」は1888年(26歳)にピアノ連弾用として作曲したもので、いわゆる習作期から独自の技法を確立するまでの形成期に書かれています。初演は作曲者自身と後にこの曲を出版したジャック・デュランによって行なわれました。
本日演奏されるオーケストラ版の「小組曲」は、後に10歳年下の友人アンリ・ビュッセルによって編曲されたものです。ビュッセルは作曲家であり、パリのオペラ座の監督を務めた指揮者でもあります。この他にもいく多の作品を作曲者の指示でオーケストラ用に編曲していることから、ドビュッシーの管弦楽技法をよく理解しているといえるでしょう。
この「小組曲」はドビュッシーが非常に敬愛した印象派詩人のヴェルレーヌに啓発されて作曲したもので、最初の2曲はヴェルレーヌの詩から題名を借用しています。4曲とも主部、中間部、主部の伝統的な複合3部形式で構成されています。

第1曲<小舟にて> アンダンティーノ(ト長調)6/8拍子
ハープと弦楽器によるアルペジオの伴奏による水の動きを背景に、フルートが美しい旋律を奏でる舟歌です。

第2曲<行列> モデラート(ホ長調)4/4拍子
小動物がチョコチョコ撥ねて行くような躍動感あふれる行列を思わせる曲で、管楽器とトライアングルがおどけた楽しい雰囲気を作り出しています。

第3曲<メヌエット> モデラート(ト長調)3/4拍子
ルイ王朝風の典雅な3拍子のメヌエットで、イングリッシュ・ホルンの古風な音色とハープの響きが優雅な雰囲気を作っています。

第4曲<バレエ> アレグロ・ジュスト(ニ長調)2/4拍子
生き生きとしたバレエ音楽で、2拍子の速い舞曲の中間部に3拍子のト長調のワルツが奏でられます。

(Vc 荒谷 雄)

R.シュトラウス交響詩「ドンファン」 作品20

「ドン・ファン」と聞いて何を想像します?色男?快男児?

「ドン・ファン」はスペインの貴族で伝説上の人物と言われていますが、定かではないようです。当時は「神をも恐れぬ不届き者」という設定だった様ですが、彼については多くの劇作家やモーツァルト(ドン・ジョヴァンニ)、R.シュトラウスらによって語られてきました。

R.シュトラウスは、宮廷楽団のホルン奏者を父に持ち、早くから作曲の才能を発揮していましたが、まずは指揮者として認められ、この「ドン・ファン」によって作曲家としての名声を確立させました。この曲自体はニコラウス=レーナウという人物の詩に感銘を受け、作曲されているのですが、ここで出てくる「ドン・ファン」は単純な「色好みの伯爵」像ではなく、理想の女性を求め続け、ついに満たされることはないのですが、それを後悔せず、ひたすら理想を追い続けると言った人物が語られています。

初演は作曲者自身の指揮で演奏されていますが、演奏にあたりホルン奏者をはじめ数人の団員より難しすぎる、とのクレームがありましたが、「演奏は大成功に終わった」(シュトラウス談)ようです。そう、大変難しいこの曲、果たして今日の演奏は如何なものでしょう?

(Fg 高橋 健)

チャイコフスキー交響曲第4番 ヘ短調 作品36

チャイコフスキーの交響曲第4番は、「私の最愛の友」であったフォン・メック夫人に献呈されたことで有名です。彼は彼女への手紙にこの曲についての解説をこう記しています。

<第1楽章> 幸福への努力を妨げる宿命的な力が/服従し嘆き悲しむ外ありません/おお喜びよ、いやそれは夢にすぎませんでした/
<第2楽章> 夕方、一人きりで家にいるような憂鬱/過ぎ去った日々のことの思い出に浸るのは悲しく、また甘いことで/
<第3楽章> 少しばかりのワインを飲んだほろ酔い気分、束の間の幻想/現実の世界とは関係ありません/
<第4楽章> 自分の中に喜びを見出せないのなら他の人々の中へ/人々の喜びに満ちた光景に浸れれば/しかし運命が再び現れ/

作曲過程において彼は17歳下の教え子との電撃結婚、不仲、入水自殺未遂、国外逃亡・・・と半ば電車中つり広告もどきの事件を起こしていました。この事からまるで現世のシガラミを振り切っての歓喜の歌のような交響曲にも思えますが、彼がどのようなプランでもって作曲を開始したかの方が興味深く感じます。そこで思うのですが、そんなスキャンダルが無かったとしても曲自身は大きく変わらなかったでしょう。なぜなら、そのようなスキャンダルに至る才能が彼には潜在的にあったと考えられるからです。ですが、どちらにしても非常に個人的な作品と言えます。今回演奏する私たちにもいろいろと個人的な都合がありますので、ここで少しご紹介いたします。

<第1楽章> こんなにリズムが掌握しにくい曲はありません。これに飲み込まれてはいけないし、宿命と思って諦める訳にもゆかず・・・絶え間ない交代が続きます。ワルツの途中でのヴァイオリンとティンパニーだけになる所は、喜ばしい安息の時となりうるでしょうか。

<第2楽章> 冒頭の素敵なテーマを弾く(吹く)のがプレッシャーの人もきっといるでしょう。でも、そのテーマよりも裏方は・・・ヴァイオリンによる細切れなかけあいや木管の1フレーズ毎に楽器をかえながらの音階的な移り変わり・・・別の意味で憂鬱かもしれません。さて、本日はうまく演奏できて良い思い出となるか、それとも、かけがえのない損失となるか・・・。

<第3楽章> 弦楽器奏者はいくら弓を持たなくて良いからといってそのぶん演奏が楽にはならない、ましてやホロ酔いって感じでは弾けません。ですが、結果的にホロ酔いのような演奏(?)になってしまっては困るので、アルコールを飲むのは是非終演後にしましょう。演奏者にとって音符は現実なのです。

<第4楽章> 難しいパッセージは他人の中に紛れたいものですが、皆が皆そう思うとオーケストラは成り立ちません。それでもフィナーレには参加できるから、彼ら3人よりは幸せであると。なんと、最後の小節にある一撃の音が奇しくも無い奏者が舞台上に3人います。さて本日の演奏会で、彼らはこの運命に従う事になるのでしょうか?

(Vn 和田光太郎)

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