演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

14定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2003年1月25日(土) すみだトリフォニーーホール 指揮/神宮 章 バスバリトン/三浦克次

ワーグナー楽劇「ワルキューレ」第3幕より「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」

楽劇「ワルキューレ」は、壮大な北欧神話の世界を描いた4部作「ニーベルングの指環」の2番目に当たる作品です。ワルキューレとは、「いくさ乙女」のことで、戦場で倒れた英雄の魂をヴァルハラ城に連れて行くのがその任務。題名の「ワルキューレ」は、主神ヴォータンの愛娘であるブリュンヒルデのことを指しています。
全3幕からなるこの楽劇の最後のクライマックスが、本日演奏する「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」です。主神ヴォータンが、自分を裏切った罰として愛娘ブリュンヒルデの神性を奪い、勇者のみが近づくことができるように岩山を火で囲って眠らせるシーンを描いています。オーケストラのドラマチックな表現と、「指環」で最も重要なヴォータン役のバリトン歌手の聴かせどころです。

2002年4月、知人に誘われ観に行った新国立劇場でのトウキョウ・リング「ワルキューレ」公演で、私はワーグナーの生の舞台に初めて触れ、その音宇宙に酔いしれる体験をしました。奇抜ながら考え抜かれた演出と優れた演奏で話題となったこの公演の様子を、今でもありありと思い出すことができます。

第3幕、緊急病棟を思わせる舞台セットと看護士のいでたちのワルキューレたちは舞台奥へ消えていき、巨大な愛馬グローネのセットを背景に、ヴォータン、ブリュンヒルデだけが舞台に残りました。厳罰を与えると宣言したものの、娘の心情を理解し嘆願に心動かされるヴォータン。いよいよ、「ヴォータンの告別」の部分です。

《ワルキューレの動機》が金管から沸き上がるように奏され、続けて全奏で《まどろみの動機》。「さらば、勇敢で、すばらしき我が子よ」と娘に告別する父の苦悩を歌うヴォータン。「燃え盛る炎を岩山に巡らせ」の後、テンポが緩やかになりホルンやバストランペットの響きを従えて《ジークフリートの動機》で「唯一人、この神ヴォータンよりも自由な男だけが花婿になることができるのだ!」と歌います。木管楽器が雄大なメロディを奏で盛り上がると、しばし無言で見つめていたヴォータンは感極まって娘を抱きしめます。「この輝くふたつの瞳は」と娘の思い出を歌ったのち、その眼を閉じさせ、最後の口づけをして神性を奪い、岩山に横たえます。

突然、トロンボーンの力強い下降音形《槍の動機》に続いて、ヴォータンは決然と槍を振りかざし「ローゲ、聴こえるか!」と火の神ローゲを呼び出します。槍で岩を3度突くと、岩山は炎に包まれ「魔の炎の音楽」となります。ピッコロとハープ、弦楽器が刻む分散和音に導かれて《炎の動機》、《まどろみの動機》。やがて、《ジークフリートの動機》で「我が槍の穂先を恐れるものは、決してこの炎を潜ってはならぬ!」と厳かに歌います。

舞台には燃え盛る炎、横たわるブリュンヒルデ。名残惜しげに見送るヴォータン・・・来るべき英雄(ジークフリート)の誕生を予感させつつ音楽は静まり、この楽劇の幕を閉じます。そして、拍手とブラヴォーの渦、長いカーテンコール。

ワーグナーの雷に全身を打たれた後は、全曲CD、スコア、解説本、DVDと、お小遣い事情の悪化も省みずに買いまくり、追っかけ街道を走り始めています。続くは大画面のホームシアターか、観劇ツアーか。かくして人はワーグナー人生にはまって行くのだなあ、と身をもって納得です。

(Fl 庄子 聡)

ベートーヴェン交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」

交響曲第3番を作曲する頃のベートーヴェンは、ピアノの即興演奏家兼作曲家としてウィーンで活躍していました。彼の喜怒哀楽の激しいキャラクターは「ちょっと変わった人」として当時は有名人だったようです。しかし、その頃彼を深く悩ませる事態が起こります。それは耳の疾患です。

彼にとって耳が聞こえなくなるということは、ピアノが弾けなくなり曲も書けなくなることを意味し、それはこの世での存在価値がなくなることを意味していました。ですから、耳が悪いことは絶対に隠し通さなくてはならず、絶対に治さなくてはならないものだったのです。

そんな彼の気持ちとは裏腹に、幾度の転地療養を重ねてもその耳は全く回復に至らず病状は悪化する一方。ついに彼は人生に絶望し、弟たちに宛てて遺書を書きます。それがあの有名なハイリゲンシュタットの遺書です。

しかし彼はその遺書を机の奥にしまい込みました・・・どうしてでしょうか?それは、彼の心の底から、新しい音楽がマグマのように次々と沸き上がって来たからでした。深い絶望に囚われれば囚われるほど、それを打ち払うかのように輝かしい音楽が胸の中で鳴り響いたのです。「この音楽を残さずして死ねない!聴力を失っても作曲はできる。後は自分がこれから待ち受ける苦難に立ち向かう覚悟があるかどうかだ!」 そう考えた彼は、自分の身に降りかかった運命を乗り越える決意をしてウィーンに帰りました。

これ以降、彼は自分が難聴であることを隠さないようになり、当時発明されたばかりの補聴器を使い始めます。そして音楽でも全く新しい領域に足を踏み入れて行くのです。自己の心情の吐露、苦難を越えて初めて到達できる心境を描き、貴族だけでなくこの世の人々全てに向けた音楽を創る。こんな誰もやったことのないことを始めました。そのため、作風は鑑賞も、演奏技術上も難しいものに変化します。今でこそこの時期の作品は「傑作の森」と言われてますが、当時は超前衛音楽だったのです。そして、新しく始めた彼の音楽の中で最初の成果が、この交響曲第3番です。

ベートーヴェンはこの曲において、困難に立ち向かっていく力と、困難を乗り越えて得られる喜びを表現しました。それだけでなく、戦争だらけの当時の世の中で、ヨーロッパの民衆の持つ、新しい時代へと突き進んで行こうとするエネルギーを描いたのです。これは彼にとってまさに命賭けの作業だったに違いなく、もしこの作曲に失敗していたら、机の中から再びあの遺書を引っ張り出していたことでしょう。

ベートーヴェンはそんな新しい時代の象徴としてナポレオンにこの曲を献呈しようと思ったようです(のちにナポレオン戴冠式の報に憤った彼自身によりそれは取り消されましたが)。しかし、それはあくまで象徴としてであって、この交響曲がナポレオンのことを表現している訳ではありません。

第1楽章は壮絶です。英雄的な壮大な主題が奏でられるとすぐそれを押し潰そうとする悲痛な響きが襲う、するとそれに対抗せんばかりにさらに力強く主題が奏でられる。まるで自分の身に降りかかる肉体的、精神的、芸術的な困難をすべて破壊して全く新しい世界を創造しようとしている雰囲気さえ感じられ、不屈の精神が描かれてます。

第2楽章の緩徐楽章は葬送行進曲です。この楽章で描かれる世界は本当に深く、彼の交響曲の緩徐楽章では第5より深く第9に次ぐものだと思われます。

第3楽章のスケルツォは前楽章の雰囲気を受けてppの弦楽器が刻みながらゆっくりとクレッシェンドして躍動的な主題が現れます。この楽章は第2楽章から終楽章への橋渡し的な役割を持っており、幻想的でまた喜びに満ちた楽章となってます。

そして第4楽章のフィナーレ、この楽章も終楽章として異例の変奏曲が採られてます。ここで使われる主題は、それまでの作品の中で何度も変奏曲主題として使用して来た「プロメテウスの創造物」が用いており、即興曲の名手として名を馳せた彼が最も自信のある変奏曲を、最も自信のある変奏曲主題を使い、自分の全てを賭けた交響曲を締めくくります。

(Vn 和田 光太郎)

←第15回
第13回→