演奏会の履歴

日立フィルで過去に取り上げた作品を演奏会別にご紹介しています。

24回定期演奏会(曲名をタップ/クリックすると解説文が表示されます)

2008年1月13日(日) すみだトリフォニーホール 指揮/田部井 剛 副指揮/稲垣 雅之 女声合唱/東京シティ・フィル・コーア 合唱指揮/藤丸 崇浩

モーツァルト歌劇「魔笛」K.620序曲

1791年、興行師シカネーダーは、自分が座長をつとめる一座のために、当時経済的に困窮していたモーツァルトに対しオペラ「魔笛」の作曲を依頼した。「魔笛」は、庶民の劇場向けの「歌芝居」として作曲され、ドイツ語で歌われ、地の台詞がストーリーを進めていくところが宮廷向けオペラと大きく異なる点である。モーツァルトの音楽がすばらしいのはもちろんだが、スペクタクルな舞台仕掛け、登場人物の多彩なキャラクタ、意外なストーリー展開も相俟って、興行的には大当たりであったとのことである。
今回演奏する「魔笛」序曲は、序奏部での不安定な混沌とした感じから次第に明るさが増し、主部に入ると幕開き後の活劇を予感させる速いパッセージのスリリングな掛け合いとなる。シカネーダーとモーツァルトは十数年からの知り合いであったが、同じフリーメーソンの会員でもあった。そのためオペラの脚本にはフリーメーソンの教義との関連が指摘されるが、序曲の冒頭と中間部において3回ずつ鳴らされる和音もフリーメーソンの儀式に基づくものと言われている。
モーツァルトにとっての1791年は、前年のスランプから脱し旺盛な創作力を取り戻した年であるが、彼の最後の年でもある。同年9月の「魔笛」の初演の頃から急速に体調を崩していき、その後はクラリネット協奏曲を完成させると「レクイエム」の作曲を筆半ばにして、同年12月5日ウィーンで息を引き取った。

モーツァルト交響曲第39番 変ホ長調 K.543

モーツァルトがウィーンに定住したのは1781年からだったが、当地での人気を着実に獲得し、一時は年間の収入が3000フローリンを超えていたと試算されている。この年収は、現代の日本ならば4~5千万円程度に相当する。しかし、それほどの高収入を得ていたにもかかわらず、1788年になると多額の借金を何人かの友人に依頼した手紙が多数残されている。そのような経済的危機に陥った理由は判然としていないが、同年オーストリアがトルコに軍事介入したことが要因のひとつではないかと考えられている。戦時のためウィーンの物価が急上昇し、かつ宮廷でも音楽どころではなくなったことで収入が減少したにも関わらず、生活水準を見直すことができなかったモーツァルト一家はたちまちのうちに借金まみれになったということであろう。
今回の39番とそれに続く40番、41番の3曲の交響曲は、そんな状況の中、たった一ヶ月半で次々と完成された。不思議なことにこれらの連作交響曲が誰の依頼によるものか、またいつどこで演奏されたのか、これらについては一切記録が残っていない。もちろんロマン派以降の作曲家の作であれば、自己表現のための自発的な創作ということになるが、モーツァルトの時代に具体的な対価の約束されない仕事はまず考えにくい。今のところは、出版社が3点セットの交響曲の出版を、仕事の減ったモーツァルトにもちかけたという説が有力である。また、生前に作成されたと思われる筆写譜も存在することから、何らかの演奏の機会はあったのであろうということになっている。
暗い情熱と悲劇性に満ちた40番、輝かしく壮麗なギリシア建築を思わせる41番、これらに比して39番は第1楽章主部や第3楽章のトリオに代表される優美さと、第2楽章を支配する寂寥感が特徴となっている。また一方では、第1楽章の序奏における半音のぶつかりあいによる緊張や、第2楽章の中間部での突如とした激しい感情の吐露など、大胆な表現も随所に聴かれる。終楽章に至って、旋回する細かい動機が千変万化に展開し愉悦を繰り広げる。天上的なまでに美しい39番であるが、自筆譜の日付から読み取る限り、たったの数日間で仕上げられたことになる。交響曲史上の奇跡というしかない。

(Perc. 桑原 崇)

ホルスト組曲「惑星」作品32

日本が打ち上げた月周回衛星「かぐや」から届いた月のハイビジョン映像をご覧になっただろうか。漆黒の宇宙をバックに、荒涼たる月面と、青く輝く地球が静かに浮かぶ、見事なコントラスト。その美しさには思わず息を呑んだ。宇宙はまた古くから信仰や占いの対象でもある。満天の星空を眺めれば、敬虔な、ロマンチックな想いに心が満たされる。太古から人類が夜空を見上げて感じた想いがDNAに刷り込まれているのだろうか。
憧れ、ロマン、神秘・・、そんな宇宙への想いを音楽で表現している作品が、イギリスの作曲家、グスターヴ・ホルスト(1874~1934)の代表作、そして出世作である組曲「惑星」である。この曲の斬新で華やかな響きは、ホルストを一躍有名作曲家にさせた。現在でも、人気曲としてCDも多数発売され世界中で愛聴されている。宇宙をテーマにしたSF映画の音楽は、かの「スターウォーズ」を始めとして、どこかしらこの曲に似た雰囲気を持つ。この曲が音楽界に与えた影響は少なくない。
ホルストは、占星術から着想を得てこの組曲を作曲した。つまり天文学上の太陽系惑星ではなく、占星術に登場する惑星のイメージを音楽にした。このため地球と冥王星が含まれず、曲順も地球から近い星の順となっている。冥王星が含まれないのは、作曲された当時は未だ発見されていなかったためと言われるが、1930年に冥王星が発見された後も、ホルストは冥王星を作曲しようとはしなかった。その後、コリン・マシューズが作曲した「冥王星」(2000年)を加え一連で演奏されるといった試みも行なわれている。冥王星は2006年に惑星の定義から突然外れ、この組曲と実際の惑星は再び一致することとなった。
この曲は、知名度や魅力的な内容のわりに、演奏会で全曲演奏される機会はさほど多くはない。その大きな理由は、大規模でかつ特殊な楽器編成にある。
実演上の最も大きな課題は、終曲「海王星」で舞台裏で演奏する女声合唱である。歌詞を持たず、母音の響きだけで神秘的な微妙な和声を遠くから響かせる合唱は、非常に難易度が高い。さらに宇宙の虚空に消え行くフェードアウトを上手く表現するために、合唱が歌う位置の試行錯誤やステージドアの開閉などの工夫も必要である。
さらに、珍しい楽器として、バスオーボエが用いられている。これは日本に何本もない楽器である。この他、G管バスフルート(いわゆるアルトフルート)なども加え、木管楽器は各4本ずつ、ホルン6本。テューバ2本。さらに、多数の打楽器にハープ2台、オルガンも加え、古典の曲なら優に二団体分に当たる規模の大オーケストラをホルストは要求している。
曲は、惑星をひとつずつ描写し、緩急の対照的な性格を持った7つの曲から成る。また、各々にはローマ神話に基づく標題が付けられており、曲の性格を表すものともなっている。

第1曲 火星 - 戦争をもたらす者 弦楽器のコル・レーニョ(弓の背の木で弦を叩く奏法)、ティンパニ、ハープよる5/4拍子の力強いリズムで始まる。このリズムが一貫して奏される中、平行進行の和音の塊が、半音階の動きで不気味に奏され盛り上がる。テナーチューバとトランペットの呼び交わしの後、さらに執拗にリズムを繰り返して力を増していき、崩れ落ちるように激しく曲を閉じる。標題通りの、戦闘的な不吉な音楽である。

第2曲 金星 - 平和をもたらす者 優美なホルン・ソロで始まり、それを木管が優しく彩る。続いてヴァイオリン、オーボエが優美で甘美な主題を歌う。愛と美の女神であるヴィーナスに象徴されるように、穏やかで安らぎに満ちた曲である。フルートとチェレスタによる夢見るようなアルペジオの中、静かに曲を閉じる。

第3曲 水星 - 翼のある使者 全曲の中で最も短く軽妙な音楽である。木管楽器が、和声がころころ変る奇妙な動機を奏でた後、モールス信号を思わせるリズムをヴァイオリンが刻む中、チェレスタと木管によるユーモラスな主題が現れる。独奏ヴァイオリンが明るく陽気な主題を奏し、チェレスタや木管群が、続いて全オーケストラが繰り返して盛り上がる。三拍子と二拍子が交代する奇妙な音楽が続いた後、冒頭の動機が戻ってきて、最後はコントラファゴットが締めくくる。

第4曲 木星 - 喜びをもたらす者 木星はこの組曲の中でも最も規模の大きな曲である。星の瞬きを現すような弦楽器の動きに乗せて、主題が6本のホルンにより颯爽と奏でられる。イギリスの舞曲や、民謡を思わせる楽しげな楽想が表情豊かに続く。「惑星」の中でいちばん親しまれ、単独で取り上げられることも多い名曲である。
この曲の中間部の有名なメロディは、後に歌詞が付けられ、エルガーの威風堂々と並び、イギリス第2の国歌と言われるほどに親しまれている。日本でも、本田美奈子. をはじめ、何人かの歌手が歌詞をつけ歌っているが、特に平原綾香が歌うJupiterのヒットは記憶に新しい。

第5曲 土星 - 老年をもたらす者 ホルストは土星について「肉体的な老化だけではなく、すべてを成就したいという意志」と語り、この曲を最も好んでいた。フルートの憂えた和音の響きに導かれて、コントラバスが沈痛な第1主題を奏する。金管のコラールが登場し盛り上がりをみせる。最後は鐘の音とともに静かにコーダを迎える。

第6曲 天王星 - 魔術師 金管のファンファーレが呪文のような音形(G-Es-A-H)を提示する。グスターブ・ホスルトの名前から取った(Gustav-Holst)と言われるこの音形は、形を変えて曲中に幾度も表れる。
ファゴットがリズムを刻む中、ホルンと弦が躍動感のあるメロディを奏でる。「魔術師」の標題が示す通り、デュカスの「魔法使いの弟子」に着想したといわれ、似た雰囲気を持つ。曲が最高潮に盛り上がったところで、突然、オルガンのグリッサンドがそれを中断し、神秘的に曲を閉じる。

第7曲 海王星 - 神秘なる者 名前の通り、神秘的な和声進行とオーケストレーションが施された曲である。すべての楽器がピアニッシモで演奏される。フルート群、ハープ、チェレスタが神秘的な雰囲気を醸し出す。金管楽器の息を潜めたようなコラールも神秘的に響く。気がつくと舞台裏から歌詞を持たない女声合唱が聞こえている。その中をクラリネットが歌う瞑想的な天国的な響きは、もはやこの世のものと思えない。弦楽器が天国的な響きを奏でると、やがて女声合唱は太陽系を離れ、宇宙の永遠の闇の彼方に向かうかのごとく消え去っていく。

(Fl. 庄子 聡)

←第25回
第23回→