演奏会の履歴

第53回定期演奏会

演奏会チラシ

2022年7月31日(日)すみだトリフォニーホール大ホール
指揮/田部井 剛

曲目/

ヴァーグナー:楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より第1幕への前奏曲

 この曲は、ドイツの作曲家リヒャルト・ヴァーグナー(1813-1883)が作曲(なんと台本も執筆)した楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の冒頭に演奏される前奏曲です。楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》は、1867年に完成し、1868年6月21日、ハンス・フォン・ビューローの指揮で、ミュンヘン宮廷歌劇場で初演されました。
◆ストーリー
 ヴァーグナーとしては珍しい喜劇です。物語の舞台は16世紀中ごろのドイツのニュルンベルクです。(ちなみにニュルンベルクという都市は、ドイツ南部のバイエルン州の都市です。ミュンヘンと同じ州ということになります。)
騎士ヴァルターはエーファという娘と互いに一目ぼれしますが、エーファの乳母から、エーファと結婚するには翌日開催される歌合戦に勝つ必要があること、歌合戦に参加するには「マイスタージンガー」の資格が必要だということを知らされます(「マイスタージンガー」とは直訳すると「親方歌手」で、当時は手工業者の親方等がマイスタージンガー組合を組織し、本業の傍ら詩や歌の腕を磨き合う文化がありました)。ヴァルターは取り急ぎ歌の作法等を身に着けて資格試験に挑みますが、採点者の一人であるベックメッサーはエーファのことが好きであったため、ヴァルターの歌に厳しく採点し、ヴァルターは失格となってしまいます。結婚の道が閉ざされたヴァルターとエーファは駆け落ちを図りますが、資格試験の際にヴァルターを高く評価していたマイスタージンガーのザックスに止められます。翌朝、ヴァルターが見た夢をザックスが歌として書き留めます。その紙をベックメッサーが持って行ってしまい、歌合戦で歌いますが、うまく歌えません。ザックスが、例外的に歌合戦への参加を認められたヴァルターにこの歌を歌わせたところ、彼は見事に歌い上げ、優勝を勝ち取りました。ザックスはヴァルターに芸術の尊さを説き、一同がザックスと芸術を称え、終劇です。
◆前奏曲について
 本日演奏する曲はこの楽劇の冒頭に演奏される曲です。この前奏曲は、劇中で用いられる主要な動機が詰め込まれており、作品全体のハイライトと言える中身となっています。作曲者がこの前奏曲を「作品の精髄」と呼んでいたのもうなずけます。どの動機が何を示しているかについては、この紙面上での説明は控えますが、聴いていただくと、重厚な旋律、甘美な旋律等々、さまざまな動機が次々と現れ、最終的に輝かしく力強いコーダに至るのが分かると思います。この楽劇のストーリーを凝縮した10分強をお楽しみいただけると幸いです。(Violoncello 甲斐 章浩)

ボロディン:交響曲第2番 ロ短調

 アレクサンドル・ポルフィリエビチ・ボロディン(露、1833−1887)は化学者であり、医師であり、教育者であり、そして音楽家です。「音楽家」が最後になっているのは、彼の職業としての本業は化学者であって音楽に関しては特別な専門教育を受けたわけではなく、本業の合間を縫って活動をしていたからです。ですが、ボロディンの音楽的才能は幼少期から発揮され、音を全て聴覚で吸収し、記憶に留め、ピアノで弾けたようで、フルートをマスターし、後にはオーボエ、クラリネットも吹けるようになり、チェロまで習得してしまいます。友人たちとの合奏のために小曲を作ったりし、そのうちベートーヴェンなどの交響曲を暗記し写譜をするうちに本格的な作曲もするようになり、音楽の腕を磨いていきました。学問に対しても彼は天才だったようで、数ヶ国語を巧みに操り学校での成績も優秀でした。先に医師免許を取得しますが、最終的には化学を専門として研究者になり大きな功績を残します。教授職にもつき、いつでも明るく柔和で何事にも真摯に向き合うボロディン先生の周りには多くの学生が集まり、彼も学生たちを大切にしていました。
 ボロディンは自分のことを音楽の素人愛好家だと考えていましたが、音楽の指導者であったバラキレフに才能を認められ、音楽の仕事、作曲をするようにと勧められます。バラキレフ・グループ(日本では「ロシア5人組」と呼ばれています)のメンバーとなり、キュイ、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフとはお互いの作品に意見し合うことで切磋琢磨していきました。1869年(36歳)、交響曲第1番の初演が成功したことで本人も自信を持ち、すぐに交響曲第2番の構想を練り始めますが、同時期に仲間たちがオペラの作曲に取り組んでいたためボロディンもオペラ作りに挑戦したいと考えます。友人がオペラの題材にどうかと勧めたのが『イーゴリ軍記』でした。ボロディンは興味を持ち、あらゆる資料を集め研究し、すぐにいくつかの曲ができたようです。これがオペラ《イーゴリ公》の始まりです。しかし本業の仕事が忙しくなったため、オペラ作りを断念。すでに作られた素晴らしい音楽の材料が無駄になってしまうことを嘆いた仲間たちはオペラ作りをやめないようにと彼に言いますが「そのことだったら心配ないよ。材料は全部僕の交響曲第2番の中に取り入れるんだから」とボロディンは語ります。
 交響曲第2番の最初の頃の作曲は順調でした。ピアノ譜が完成し、第1楽章は先にオーケストラ譜(総譜)としても完成し、仲間たちにも称賛されます。オーケストラ譜に書き始めていた頃、リムスキー=コルサコフがいろんな楽器を持ってきて2人で楽器の研究に熱中し、オーケストラ譜に影響を与えたようです。多忙な日々を送りながらも数年をかけて交響曲を手がけていたボロディンでしたが、その間オペラへの思いが消えず、オペラ作りに復帰します。一方で交響曲第2番の初演の日程が決まり、パート譜への写譜をするために総譜を渡さねばならない時になって総譜を紛失していることに気づき、急いで楽譜を書き直すことになってしまいました。1877年、交響曲第2番は初演されますが失敗に終わります。楽譜の準備を急ぎすぎたために誤植が多かったこと、金管楽器にこだわりすぎたために無理が生じ、特に第2楽章がかなりゆっくりなテンポで演奏されてしまい躍動的なスケルツォの魅力が失われてしまったこと、革新的なこの曲を聴衆たちが受け入れられなかったことが理由でした。その後、彼自身とリムスキー=コルサコフによって手を加えられ、1879年、交響曲は然るべきテンポで演奏され聴衆たちにも理解され好評となりました。また、当時音楽界で巨匠となっていたリストがボロディンの音楽を称賛したり、アントワープ博覧会でのコンサートで大成功を収めたことにより、『音楽の素人愛好家』を自称するボロディンの作曲家としての評判は世界に広がることとなりました。
第1楽章
 冒頭から弦楽器のユニゾンによって力強い第1主題が奏でられます。この主題は楽器を変え調性を変え、楽章を通して何度も何度も登場します。馬が疾走していくようなリズミカルな場面もあり、『イーゴリ軍記』のイメージを感じさせる楽章です。
第2楽章
 この楽章は「1/1拍子」です。1小節を1拍として演奏します。楽譜上の見た目は1小節に四分音符が4つ分。普通は4/4拍子や2/2拍子とするところ、敢えてそうしなかったのは独自の音楽の表現と表現手段の追求をしたボロディンゆえなのかもしれません。
第3楽章
 グースリ(ロシアに伝わる琴のような弦楽器)を模倣したかのようなハープを伴奏に、古いロシアの旋律をクラリネットが奏で、ホルンが吟遊詩人の歌を歌い始めます。ボロディンの楽器研究が生かされ、各楽器の使い方が秀逸です。メロディやハーモニーもさることながら、各楽器の音色もお楽しみいただければと思います。ロシアの雄大な大地が目に浮かぶような、ゆったりとした非常に美しい楽章です。
第4楽章
 第3楽章から途切れず演奏されます。「明るく輝きわたる大酒宴とグースリの音と民衆の喜びの叫びの中での祝い」と称されたこの楽章では、楽器が次々と重なっていく技法や、足拍子手拍子を思わせるアクセントのついた踊りのメロディが、まさに村をあげてのお祭りのように華やかに交響曲を締めくくります。
参考文献
A.ゾーリナ/佐藤靖彦 訳(1994)『ボロディン:その作品と生涯』ーロシアとソビエトの作曲家たち 新読書社
音楽之友社編(1981) 最新名曲解説全集 第2巻『交響曲II』音楽之友社
(Flute 鈴木麻矢子)

プロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》より

 セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)の代表作であるバレエ音楽《ロメオとジュリエット》は、現在では多くのバレエ団の重要なレパートリーとなっているが、その斬新な内容ゆえに当時はバレエに適さないとして国内の劇場での契約が幾度となく反故になり、初演までに紆余曲折が繰り返された。初演は1938年12月にチェコのブルノ劇場で行われ、ソヴィエト連邦での初演は1940年1月キーロフ劇場で行われた。バレエ公演用のオーケストレーションの他に、この作品には3つの演奏会用組曲があり、バレエ初演前に発表されて人々の知るところとなる。バレエ全曲の初演までの紆余曲折を背景として、劇場側の要求に譲歩せざるを得なかったプロコフィエフは、組曲を編むにあたって、本来目指した管弦楽法を披露している。本人曰く「組曲では同じ個所が、バレエのスコアよりも、ずっと透明になっている」。
 このような経緯から、今回の演奏曲を選曲するにあたり、基本的には作曲者の意図が反映された組曲から採用している。以下、バレエのストーリーに沿って各曲を順番に解説していく。曲名の末尾に出典を表示している(例:「2組―2」は第2組曲の2曲目)。
 物語はイギリスの劇作家シェイクスピアの悲劇に基づく。舞台は中世イタリアのヴェローナ。ロメオの生まれたモンタギュー家とジュリエットの生まれたキャピュレット家が激しく対立している。
1.導入曲(全曲版)
 弦楽器による永遠の愛の主題に続いて、ジュリエットの優しさを表す主題がヴァイオリンで、ロメオによるジュリエットへ憧れの気持ちがクラリネットにより提示される。バレエの場面では、町の広場での両家の召使い同士の言い争いに端を発した喧嘩が、両家の当主の甥であるベンヴォーリオとティボルトの決闘、両家の当主までが登場する事態に発展する。ヴェローナ大公が登場して一同に武器を捨てるように命じ、今後ヴェローナの平和を乱すものは死刑に処すると宣言して場をおさめる。
2.少女ジュリエット(2組-2)
 ジュリエットの活発さが、めまぐるしく繰り返される上行音階と下降音階で表現されるのに続いて、1曲目で提示されたジュリエットの優しさを表す主題がクラリネットで、ロメオへの愛を表す主題がフルートで表される。バレエの場面では、ジュリエットの自己紹介的な踊りの後に、彼女の母であるキャピュレット夫人が現れ、ジュリエットに青年貴族パリスからの求婚を承諾するように一方的に告げる。反発するジュリエットを夫人は鏡の前に立たせると「もうお前は一人前なのだ」と言い聞かせる。
3.メヌエット(客人たちの登場 1組-4)
 キャピュレット家の舞踏会に招かれた賓客たちが登場する場面。その中には青年貴族パリスもいる。メヌエットの主題が3回繰り返されると、貴婦人たちの踊りを表す美しい主題が、コルネットで提示される。転調されたメヌエットの主題が戻ってくると、管楽器の掛け合いを挟んでさらに転調し、最後は静かに終わる。
4.仮面(1組-5)
 宿敵キャピュレット家で舞踏会が行われることを知ったマーキュシオは、親友のロメオとそのいとこであるベンヴォーリオを誘って、仮面で変装して忍び込む。剽軽で皮肉屋のマーキュシオの主題が、ヴァイオリンに続いてクラリネットで表される。マーキュシオの別の主題がコルネットを皮切りにさまざまな楽器のソロで続き、冒頭の主題が戻った後に、バスクラリネットのソロで静かに終わる。
5.モンタギュー家とキャピュレット家(騎士たちの踊り 2組-1の17小節目以降)
 バストロンボーンを中心とした低音楽器の伴奏音型に導かれて、ヴァイオリンとクラリネットによる騎士の主題が繰り返される中、金管楽器による反目の主題が間に挟まる。これに続くフルートのデュエットは、ジュリエットがパリスと渋々踊る場面。メロディーは美しいが、ジュリエットは無表情な塩対応である。騎士の主題がテナーサックスで戻ってくると、徐々に楽器の数が増え、最後は大音量で終わる。これに続いてバレエでは、舞踏会に忍び込んだロメオがジュリエットの美しさに心を奪われる場面となる。愛を告白するロメオの仮面が落ち、ジュリエットも恋に落ちる。やはり人生見かけが9割か。舞踏会がお開きとなり、広間に人影がなくなると、二人は美しい愛の踊りを舞う。ロメオが帰った後、乳母と二人きりになったジュリエットが恋人の名を尋ねると、「モンタギュー家の一人息子ロメオです」との答え。ジュリエットは自分の恋の行末を嘆く。
6.ロメオとジュリエット(バルコニーの情景 1組-6)
 この物語で最も有名な場面(諸説あります)。舞踏会の後、ジュリエットのことを忘れられないロメオは、再びキャピュレット家に忍び込む。一方、ジュリエットもロメオのことを思いながら、バルコニーに姿を現す。そして月に向かって手を差し伸べながら、有名な独白が始まる。「ああ、ロメオ。あなたはなぜロメオなの。どうか、あなたのお父様をお父様でないと言い、あなたの家名をお捨てになって。それが出来ないのなら、せめて私を愛すると誓って」。何かの気配を感じたジュリエットのまなざしの先には愛しのロメオの姿が。そのロメオのもとに一気に駆け降りるジュリエット。ヴァイオリンが奏でる息の長い主題がロメオの主題。これに対し、もはやお馴染みとなったジュリエットの主題が断片的に現れ、乙女のドキドキ感を表す。 ホルンの伴奏に続いて、コールアングレとチェロが奏でる幅広い音域の主題が、互いの思いを確認した二人による愛の踊りである。これは形を変えて金管楽器に受け継がれる。その後、愛する二人が交わす抱擁の主題がバスクラリネット・コールアングレ・チェロに表れ、フルートと高弦に引き継がれる。前奏曲とこの楽章で表れた2つのロメオの主題を経て、静かに終わる。ここまでがバレエの第1幕。
7.民衆の踊り(1組-1)
 一転して舞台は翌日のヴェローナの広場。今日はカーニバルである。お祭り気分の男女で広場は賑わっている。力強い連打音に続いて、オーボエとコールアングレが陽気な主題を奏でる。これにヴァイオリンが応え、中間部では、コルネットとトロンボーンが合いの手を挟む。
8.僧ローレンス(2組-3)
 広場で大騒ぎする民衆を尻目に、ロメオはローレンス僧を訪ね、二人の結婚式を挙げてくれるように頼む。ローレンスは両家の反目に終止符を打つためにもと、これを承諾する。中低音楽器が主役の楽章である。慈愛に満ちたローレンスを象徴するような、ファゴットの穏やかな旋律で始まり、中間部ではチェロとヴィオラを中心とした優しいメロディーがこれに続く。最後はバスクラリネットのソロで静かに終わる。バレエでは、この後、ジュリエットも教会に姿を見せ、二人は結婚式を挙げる。
9.5組の踊り(2組-4)
 場面はヴェローナの広場に戻る。マーキュシオとベンヴォーリオが大騒ぎしている。小太鼓・ハープ・ピアノ・弦楽器の伴奏のうえで、オーボエが陽気な踊りを奏で、にぎやかな雰囲気は様々な楽器に引き継がれる。
10.ティボルトの死(1組-7)
 しかし、この楽しい雰囲気は、広場に現れたティボルトがマーキュシオを見つけた途端、険悪なものへと変わる。そこへ結婚式から戻ったロメオが二人の間に割って入るが、決闘が始まる。ティボルトはロメオの腕の下からマーキュシオを刺し、これによりマーキュシオは絶命。親友の死を目の当たりにしたロメオは激高し、ティボルトを倒す。ティボルトの屍の前に彼の縁者が集まり、モンタギュー家への復讐を誓う。ティボルトの遺体が運び出されると、騒ぎを聞きつけたヴェローナ大公が広場に現れる。キャピュレット家の人々は犯人がモンタギュー家のロメオであることを大公に告げ、その処刑を乞う。全体は大きく3つに分けられる。まずはマーキュシオとティボルトの出会いと決闘の場面。快活なマーキュシオを表す幾つかの主題の間に、死を予感させるような不協和音のフレーズがオーボエとヴァイオリンによって挟み込まれる。トランペットとコルネットの掛け合いに続く鋭い打音で、両者の決闘の結末が暗示される。次にロメオとティボルトの決闘の場面。ヴァイオリンによる無窮動の主題は、激しい剣のやり取りである。激しい打音による一撃と、それに続く15発の打撃音でティボルトの死が表される。最後は重苦しい葬送の場面。リズムパターンが執拗に反復される中、ホルンとチェロを皮切りに、第1ヴァイオリンとトランペット、コルネットが激しい葬送の旋律を奏でる。ここまでが第2幕。
11.第3幕の前奏曲(2組-1 冒頭16小節)~別れの前のロメオとジュリエット(2組-5)
 金管楽器を中心とする不協和音と弦楽器による美しい和音が繰り返され、大公の怒りと悲しみが表現される。ここでは、ロメオが処刑を免れ、マントヴァへ追放されることになったことが暗示される。フルートによる美しい旋律はロメオがジュリエットの寝室に忍び込み、二人で別れを惜しんでいる場面。次の部分では、これまでに提示された「愛」の主題が次々と現れる。ホルンの呼びかけに応じてクラリネットが応えるのは、バルコニーの場面で二人が躍る愛の踊りの変形。弦楽器の各パートのソリストが前奏曲の冒頭と同じ永遠の愛の主題を奏でるのに続き、ヴィオラのソロにより、やはりバルコニーの場面での抱擁の主題が現れる。これは楽器を変えて何度か繰り返される。やがて、二人は最後の抱擁を交わしロメオは去ってゆく。バレエでは、パリスとの結婚を両親に決められて悲嘆に暮れたジュリエットが、ローレンスに助力を乞う。ローレンスはジュリエットに、薬により仮死状態になることを勧める。墓場で息を吹き返す頃までにロメオを呼び戻し、二人を脱出させることをローレンスは約束する。曲に戻る。続く第3の部分は、ホルンが主役である。バルコニーの場面での愛の踊りや前奏曲冒頭のヴァイオリンによる永遠の愛の主題が、うねるような分散和音の中でホルンにより勇壮に歌われる。最後の部分は寝室に一人残されたジュリエットが仮死状態になる薬を飲む場面。フルート・ハープ・ファゴットにより延々と繰り返される音階がジュリエットの抱く不安な気持ちを表す。チューバとコントラバスにより死の主題が2回提示される中、「2.少女ジュリエット」でのロメオへの愛の主題がオーボエで奏でられ、薄れゆく意識の中での一縷の望みが表現される。やがて不安の動機が静かに終わり、ジュリエットは仮死状態となる。
12.朝のセレナード(3組-5)
 一夜明けた結婚式の朝、ジュリエットが寝室で仮死状態となっていることを知らない大勢の友人たちが、祝福するためにやってくる場面。やがて訪れる悲劇の前の一服の清涼剤のような小品である。フルート・チェレスタ・ハープ・ピアノの伴奏でオーボエとピッコロによる陽気な主題が繰り返され、華麗なヴァイオリンソロが花を添える。トリオでは柔らかい音色のコルネットとトランペットが、さわやかな朝の雰囲気を演出する。やがて、各主題が次第に短くなっていき、最後は消えるように終わる。この後に、母と乳母が、ベッドの上で横たわっているジュリエットを発見する。ここまでが第3幕。
13.ジュリエットの墓の前のロメオ(2組-7)
 ジュリエットの葬儀の場面。高音の弦楽器による死の主題で始まる。この主題は、ホルンの高音やトロンボーンにより何度も吹き鳴らされる。やがて、人々が去った後にロメオが駆けつける。ジュリエットは仮死状態であり、やがて息を吹き返すことを知らせるローレンスからの手紙はロメオには届いていなかった。ジュリエットを優しく抱きかかえるロメオ。抱擁の主題が木管楽器と中低弦に続いて高弦に表れる。続く金管楽器による死の主題は、絶望したロメオが死を決意する場面。ロメオは持っていた毒薬を一気に飲み干す。毒薬の一撃はコルネットの高音で表現され、強烈な響きが次第に減衰していく。ヴァイオリンで再現されるジュリエットの愛の主題は、人生最高の思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡る場面か。ロメオがついに息絶える場面を挟み、終曲へ。
14.ジュリエットの死(3組-6)
 目覚めたジュリエットがロメオの亡骸を見つけ、彼の短剣で自害する。前曲の最後の愛の主題が、今度はさまざまな楽器や調性で形を変えて何度も現れる。やがてクラリネットにより抱擁の主題が表れる。ジュリエットはロメオの屍の上に折り重なって息絶える。ローレンスに続き、両家の人々も駆けつける。変わり果てた我が子の姿を目の当たりにし、やっと反目の罪深さに気付き、互いに手を差し伸べあう。オーボエとコールアングレによるジュリエットの主題が優しく響き、全曲の幕を閉じる。
《ロメオとジュリエット》の物語は僅か5日間の出来事である。この5日間で、少女ジュリエットは、ロメオと出逢い、死を賭して愛を貫く女性に変貌する。ロメオもまた然り。戯曲は1595年頃の作品といわれている。ヨーロッパは大航海時代末期であり、各国が武力で領土を拡大することに躍起になっていた。このような時代背景の中で、平和をテーマとした作品が誕生し、今でもその輝きを失っていないことに改めて驚かされる。また、この物語は多くの作曲家の創造力を刺激した。プロコフィエフの他に、ベルリオーズやチャイコフスキーといった作曲家たちが、この物語に因む作品を残している。しかし、居並ぶ傑作の中で、最も演奏回数が多いのは、このプロコフィエフの作品であろう。シェイクスピアとプロコフィエフという2人の偉大な天才が300年の時を経てコラボレーションすることで、本作品は誕生した。色々と考えさせられることの多い今の時代ではあるが、今日は誇りを持ってこの偉大な傑作をご披露したい。(Cornet 手塚 晋)