演奏会の履歴

第56回定期演奏会

演奏会チラシ

2024年1月28日(日)すみだトリフォニーホール大ホール
指揮/田部井 剛 フルート/荒川 洋

曲目/

P.I.チャイコフスキー:交響曲第1番 ト短調 作品13《冬の日の幻想》

 チャイコフスキーの楽曲、と聞いて思い浮かべる曲は多い。「白鳥の湖」「くるみ割り人形」などのバレエ音楽のほか「大序曲1812年」、ピアノ協奏曲、弦楽セレナーデなど、馴染みやすいメロディーを一度は耳にされたことがあるだろう。本日演奏する交響曲第1番は、そんなチャイコフスキーが弱冠26歳で完成した初期の作品である。
 チャイコフスキーは1840年にロシアのヴォトキンスクで生まれた。両親は職業音楽家ではなかったが音楽を好み、チャイコフスキー自身も幼少時に家庭教師からピアノを習っていたものの、特に音楽家を目指すということはなく、10歳の時には故郷から1000キロ以上も離れたサンクトペテルブルクの法律学校に、寄宿生として入学している。入学後も聖歌隊に入り音楽を好んだチャイコフスキーであったが、14歳の時に母を亡くしたことをきっかけに、より音楽に傾倒していく。まだ職業音楽家を目指すということはなく、19歳の時に法律学校を卒業し、官吏となった。
 転機となったのは21歳の時。官吏の仕事にやりがいを見出せずにいたチャイコフスキーは、知人を介してロシア音楽協会の存在を知る。この音楽協会は翌年にペテルブルク音楽院となり、チャイコフスキーは一期生として学び始める。23歳の時には官吏を辞め、ついに音楽家を目指すこととなった。
 ペテルブルク音楽院を卒業後、モスクワ音楽院へ招かれて指導を始める。交響曲第1番の作曲はこの時。今で言えば音楽好きの青年が公務員を辞めて音大へ入り直し、卒業してプロ1年目の時に作曲した曲が交響曲第1番、ということになる。

第1楽章
 冒頭、ヴァイオリンの伴奏に乗ってフルートとファゴットが第1主題を奏でる。その様子は静かに雪の降る中の一吹きの風のよう。風は段々強くなり、時には雪を巻き上げながら吹く。巻き上げられた雪はキラキラと舞う。様々な楽器がこの風のテーマを奏でながら曲が盛り上がっていき、オーケストラ全体の強奏の後、クラリネットが第2主題を奏でる。
 冷たい風の第1主題に対して、慈愛に満ちた第2主題は、寒い冬の日に握る手の温もりといったところか。曲もそれまでの短調から長調へと変わり、大切な何かを厳しい寒さから守る包容力を感じさせる。曲が一度小さくなると、弦楽器が刻む伴奏の上で管楽器がリズミカルに跳ね回る。この付点のリズムは、雪うさぎのような小動物か、或いは雪の精霊の小人が、真っ白い大地に足跡をつけて回っているよう。この先も曲が進んでいくが、随所に風のテーマが現れる。聴く際は、風のテーマ探しをしながら思い思いの冬の景色を想像していただきたい。なお、交響曲第1番には「冬の日の幻想」という副題が付いているが、これは本楽章につけられたものである。

第2楽章
 弦楽器の序奏の後、オーボエが第1旋律を奏でる。フルートがオブリガートを添え、じきにファゴットも加わる。優しく切なく何かを訴えかけるようなこの旋律を聞くと、心の奥がじんわり熱くなる。
 その後、フルートとヴィオラから始まる穏やかな第2旋律を経て、チェロが第1旋律を奏でる。そこにヴァイオリンがスノードームのようなキラキラを、ヴィオラとコントラバスがピッツィカートを添え、木管楽器が和声のベールで包みこむ。また第2旋律を経て、第1旋律を奏でるのはホルン。旋律は同じだが、より力強く、より高らかに。その後、序奏が回帰して曲は閉じる。
 本作品の初演時に、「最も評判が良かったのがこの第2楽章であった」と作曲者から弟への手紙に残っている。演奏機会の多い後期交響曲の第2楽章も美しい旋律で溢れているが、この曲も全く遜色ないと感じるのは私だけだろうか。

第3楽章
 短い前奏の後、軽快でリズミカルな第1旋律が始まる。3拍子に散りばめられたアクセントが、軽快なステップを想起させる。対して第2旋律は、牧歌的で優美なワルツ。肩の力を抜いて楽しんでいただきたい。その後、第1旋律とコーダを経て曲は閉じる。

第4楽章
 ファゴットの暗い動機に続けて、ヴァイオリンが動機の旋律を奏でる。やがて旋律が長調になり、曲の速度が上がると、オーケストラ全体で華やかに第1主題を奏でる。第3楽章まで出番のなかったピッコロ・トロンボーン・チューバ・大太鼓・ シンバルが満を持して登場する。
 しばらくしてファゴットとヴィオラが動機の旋律を行進曲調にした第2主題を奏でる。目まぐるしいフーガを経て第1主題が回帰した後、曲は速度を落として再度冒頭の動機が現れる。その後、曲は 速度と熱量を上げ、コーダに突入する。
 コーダでは、動機の旋律が長調で現れる。弦楽器の刻みの上で高らかにコラールが鳴り響く様子は、音楽へ専念するきっかけとなった母への祈りが込められているかのよう。
 曲はまだ終わらない。トランペットの強奏を合図にさらに速度を上げ、突き進む。最後はティンパニのロールと共に、万感の思いを胸に、曲は閉じる。
(ヴァイオリン 北 顕弘)

ハチャトゥリアン/ランパル編:フルート協奏曲

 作曲家ハチャトゥリアンは、ジョージア(グルジア)のトビリシ出身のアルメニア人です。アルメニア、ウクライナ、トルコなど東西の多数の民族が行き交う都市で多くの民謡に囲まれて育ったことが、 民俗音楽とヨーロッパ音楽が結びついた独特な和声感、リズム感を特徴とする強烈で個性的な音楽の源泉となっています。代表作品として「剣の舞」が特に有名ですがそのことについて本人はこう語っています。「私の音楽一家に、ききわけのない、騒々しい子が一人いる。ガヤネー(ガイーヌ)の「剣の舞」だ。正直なところ、これほどの人気を呼んで、私の他の作品を押し除けるようになると判っていたなら書かなかっただろうに・・・。どこかの国で演奏会のポスターに“ミスター・サーベルダンス”と紹介されているのを目にし、いささか悔しい思いをした」
 さて、本日演奏するフルート協奏曲は、元々ヴァイオリンのための協奏曲として作曲されました。このヴァイオリン協奏曲こそが彼の代表作とする研究者も少なくありません。1940年、創造の家“ルーザ”にて2か月半で書き上げられ、当時32歳の名ヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフにより初演されました。
 フルート版への編曲は20世紀を代表するフルート奏者、ジャン・ピエール・ランパルにより行われました。ランパルはフルート作品のレパートリーを広げる使命を自らに任じ当時の大作曲家達に接触していました。  1950年代半ば、自身がソロを吹くチェコ・フィルの演奏会場にショスタコービチとハチャトゥリアンが訪れた際に、ランパルは二人に協奏曲の作曲を依頼しました。その場では快諾を得たものの、残念ながらショスタコービチの作品は実現に至りませんでした。一方ハチャトウリアンは自らのヴァイオリン協奏曲を編曲することを提案し、時間をかけたやり取りの末、1968年に完成し初演に至りました。
 ヴァイオリンのために書かれた作品をフルート用に編曲するに当たっては、音域や奏法の違いの課題を克服する必要があります。ヴァイオリンの最低音はG(ソ)ですが、フルートはC(ド)(楽器によってはH(シ))です。
 ヴァイオリンでは力強く朗々と響く低音域も、フルートでは大きな音量は得られず代わりに深い独特な音色で響きます。そして中音域は艶やか、高音域は輝かしく、金銀のイメージ通りに華麗で時に繊細、多彩な音色がフルートの特徴で、魅力を発揮できる音域や特性がヴァイオリンとは異なります。ランパルの編曲はこうした違いを念頭に原曲を尊重しながら慎重に行われています。
 なお、全曲を通じてオーケストラパートには変更は加えられていません。また、複数の弦で和音を奏でる重音奏法は弦楽器ならではのもので第一楽章のカデンツァに特に多用されていますが、単音楽器であるフルートでは装飾音で処理することとなります。ランパルはフルートで最大の演奏効果が得られるカデンツァを作曲しています。どうぞ注目してお聴きください。

第1楽章
 冒頭から激しい管弦楽の野性的なリズムによる第一主題が登場します。第二主題は抒情的で美しく、ともにアルメニア民謡に基づくものです。

第2楽章
 哀愁をたたえたメロディをフルートソロが謳います。オーケストラは楽器の組み合わせを駆使した管弦楽法により民俗楽器を思わせる響きで合いの手を添えます。

第3楽章
 全奏によるダイナミックな序奏に続き、まさに息をつぐ暇もない無窮動風のロンドが展開されます。フルートソロの華麗なテクニックの魅せどころです。
 この協奏曲は暗いニ短調に始まり、明るいニ長調に至り華やかに終わります。この構造はベートーヴェンの第九交響曲と共通しています。
 ハチャトゥリアンは18歳で兄の誘いによりモスクワへ出てシンフォニーオーケストラによる「第九」の演奏に初めて触れ、この体験こそが音楽の道を志すことを決定づけたと語っています。この曲の調性構造と若き日の運命的な出会いはきっと繋がっているに違いありません。
(フルート 庄子 聡)

レスピーギ:交響詩《ローマの祭り》

 ローマ三部作の「ローマの噴水」「ローマの松」に続き、最後を飾るのがこの「ローマの祭り」で1928年に完成された。4つの部で構成され、古代ローマ時代、ロマネスク時代、 ルネサンス時代、20世紀の各時代にローマで行われた祭りを描いたものであり、切れ目なく演奏される。スコアの最初には、各部に関するレスピーギ自身の「コメント」が付けられている。ここではより理解が進むよう、想像を加えて補足しておいた。

第1曲 チルチェンセス CIRCENSES
「チルコ・マッシモに不穏な空気が漂う。だが今日は市民の休日だ。『ネロ皇帝、万歳!』鉄の扉が開かれ、聖歌の歌声と猛獣の唸り声が聞こえる。群衆は興奮している。殉職者たちの歌が一つに高まり、やがて騒ぎの中にかき消される。」
チルチェンセスとは英語でサーカスのこと。皇帝ネロ(紀元37~68)が民衆を喜ばせるために開催したものだが、我々が知っているそれとは大分様子が異なる。人間対猛獣(ライオン)の闘いもあり、重罪人やキリスト教徒(当時は迫害を受けていた)が猛獣の餌食とされた。
レスピーギは、人間が群衆の目前で猛獣に喰い殺されるこの残酷な祭りの一部始終を克明に描いている。導入部では、闘技場に詰めかけた市民の喚声を表す冒頭部とブッキーナ(古代ラッパ)によるファンファーレが交互に現れる。次第にそれらは渾然一体となり興奮が高まっていく。キリスト教徒たちが重い足取りで入場し、鉄の扉が開かれ飢えた猛獣が姿を現す。弦楽器と木管楽器がキリスト教徒の祈りを思わせる讃美歌風の旋律を歌い始め、猛獣たちの唸り声に似た管楽器が荒々しく割り込む。弦楽器と木管楽器の歌声はより速く緊張したものとなり、金管楽器による猛獣の唸り声が一層高まった先には、その残酷な瞬間がトランペットとトロンボーンにより fff (フォルティッシッシモ = 非常に強く)で演奏される。
因みに、チルコ・マッシモとは、あの「真実の口」の近くに広がる競技場であるが、ネロ皇帝の祭りは、コロッセオで催されていたそうである。

第2曲 五十年祭 IL GIUBILEO
「巡礼者たちが祈りながら街道をゆっくりとやってくる。モンテ・マリオの頂上から待ち焦がれた聖地がついに姿を現す。『ローマだ!ローマだ!』一斉に歓喜の歌が沸き上がり、それに応えて教会の鐘が鳴り響く。」
 五十年祭とは、50年ごとに行われていたロマネスク時代(11~12世紀)のカトリックの祭りである。冒頭から暫くの間は、巡礼者たちが街道をゆっくり進む様子が短調で描かれている。
モンテ・マリオの丘(ローマの北西約3km)を登り頂点へたどり着きローマの街が見えると、そのうれしさのあまり「永遠の都ローマ」を讃え讃歌を歌う様子が長調で華やかに演奏される。それに答えて鳴る教会の鐘が、様々な楽器により表現されている。

第3曲 十月祭 L’OTTOBRATA
「カステッリ・ロマーニの十月祭はブドウの季節。狩りの合図、鐘の音、愛の歌に続き、穏やかな夕暮れのロマンティックなセレナーデが聴こえてくる。」
 ルネサンス時代(14~16世紀)に開催された秋の収穫祭を描いたもの。ローマの南方20kmほどの丘陵地帯にカステッリ・ロマーニと称される地域があり、別名「ローマのワイン貯蔵庫」と呼ばれるほどにワイン生産が盛んである。ここのワインは、ローマ法王もお気に入りだったそうで、日本でも購入可能である。

第4部 主顕祭 LA BEFANA
「主顕節前夜のナヴォーナ広場。お祭り騒ぎの中、ラッパの独特なリズムが絶え間なく聴こえる。賑やかな音と共に、時には素朴なモティーフ、時にはサルタレッロの旋律、屋台の手回しオルガンの旋律と売り子の声、酔っぱらいの耳障りな歌、さらには人情味豊かで陽気なストルネッロ『われらローマっ子のお通りだ!』も聞こえてくる。」
 キリスト誕生後の1月6日に、東方からやってきた三人の博士が礼拝に訪れた(異邦人に対する主の顕現化、主顕節)ことを記念する祭り。ローマ中心部のナヴォーナ広場には、ベファーナ(魔女)の人形や仮装が登場し、お菓子を売る屋台で大変に賑わう(現在は12月から続くクリスマス市)。レスピーギ自身が付けた表題は「ベファーナ」だったが、祭りの趣旨を考慮して後世の人々が「主顕祭」とした。かなり騒がしい様子が克明に描かれており、踊り狂う人々、手回しオルガン、物売りの声、酔払った人(グリッサンドを含むトロンボーン・ソロ)に続き強烈なリズムが始まり、木管、ホルン、弦楽器による優美で圧倒的なメロディが現れ、終盤は狂喜乱舞のうちに全曲を終える。
(トロンボーン 外川 英男)